自己嫌悪得意すぎて不幸上手だった私が見つけた、幸せへの意外な近道
こんにちは、ゆみです。
フリーランスのコーチをしています。
突然ですが、わたしは、とにもかくにも元々は自己嫌悪感が強い人間でした。
「自分のこんなところ嫌いだな~」みたいな部分をみつけては、自己批判的になって頑張ってそんな自分を克服するか、見ないふりするか、若干悲劇のヒロインぶって「なんでこんな風に生まれちゃったんだろう」みたいなことを考えるのが癖なわけです。
結果として自分のことはやっぱり常に好きじゃないし、「変わらないといけない」と常に成長に駆り立てられている人間でした。
でもどこかで、「ずっとこのままではいけないな」と思っている部分があったんですよね。いつまでも自分を否定し続けても、どんなに成功しても人生が好転してもなんだか満足いかないというか。
今日のnoteは、自己嫌悪している自分の扱い方に困っている人、動けなくなっている人に向けて書いています。
人の顔色を伺う癖
わたしは良くも悪くも、これまで人間関係に悩んできました。
人に嫌われないための戦略をめちゃくちゃ学んできてしまったし、相手の顔色の変化にめちゃくちゃ敏感になりました。
だからこそなのかもしれないのですが、相手に合わせてコミュニケーションをとるようになったし、相手の求めてるアクションを想像する想像力みたいなのがついてしまい、常に相手の顔色を伺って生きることが癖になってきました。
ただ、この敏感さを培えるようになってきたおかげで、他者からめちゃくちゃEQ(心の知性・感じる知性)のスキルが高いと評価されることが増え、この人材育成の分野でキャリアを築くことができるようになりました。
一方で、そんな自分に違和感も同時に感じていました。
元々はわりとなんでも思ったことを口にしてしまう性格だったのが、あだとなって、人間関係がこじれやすかった人です。
しかし、そのままでうまくいかないと感じた子供のころのわたしは、少しずつそれまで周りの顔色を無視してコミュニケーションをとる関りを可能な限リやめて、周りの人の顔色を伺うようになりました。
今度は周りの顔色を伺いすぎて自分の言いたいことを言うのが苦手になり、周りに合わせるのがうまくなりすぎて自分がどうしたいのかを言うことが苦手になっていきました。
自己主張をするときの嫌悪感
徐々に、「自分の言いたいことを言う」ということに対して自己嫌悪を感じるようになりました。
自分の言いたいことばっかり言っていると嫌われる経験をしてきた、周りを傷つけてしまったことがあったから、「自分の本来言いたいことを言う」ということへの嫌悪感が凄かったのですよね。
嫌悪感が強すぎ、自分がしたいことがあっても、もはやそれを言葉にすること自体に罪悪感を感じたり、やってはいけないことのように感じることが多かったです。
なぜ、こんなにも自分の主張をするのが怖くなってしまったのか、元をたどれば元々は、この嫌悪感の根源は、母親との関係性の中で生まれてきた自己犠牲の精神からくるものでもあったりします。
わたしの母は、家庭のために子供のために自分を犠牲にして生きる人でした。母を見ていると私のせいで、母が不幸になっているような感覚になって、「わたしがしたいこと」を主張すれば、母は不幸になるんじゃないかと思うくらいの思い込みが私を支配していたんだなと感じます。
見れば見るほど、自分がしたいことを言葉にすることが悪いものとしか取り扱うことができなかったのです。
わたしはわたしの幸福を願うのが怖くなっているのだと感じました。
自分の幸福を願うこと
コーチングに出会い、自分ではなく、クライアントの願いに触れるたびに「こうなりたい」「本当はこう生きたかった」と願う心に触れさせてもらう度に、私の中で徐々にその呪いが溶けていくのがわかりました。
「こんなに人が自分自身のことを願う気持ちが悪いものだなんて、どうして思っていたのだろう」
と何度も感じさせてもらったのです。
クライアントがどんどん自分の心に素直に正直になって、現実を変えていく姿にどんどん力と勇気をもらってきました。
めちゃくちゃまぶしくて、どの姿を見るたびになんだか心が温かくなって愛おしい気持ちが湧いてくるようになりました。
クライアントが「こんなこといっていいのかわからないけど、本当はこうしたいんです」とためらいながら言葉にして、それでも自分の言葉になった時にびっくりしたように「こんなことを自分は願っていたのか」と驚いた表情をされて、目が輝き始めて、変化をどんどん起こして行く姿を見るのが本当に好きになりました。
こんなに素敵な姿を見させてもらって、自分が幸福を願うことに嫌悪感を感じているのが不思議でしかなくなってのですよね。
嫌悪感はわたしを守ってくれていた
そうすると、少しずつ「自分のしたいことを伝える」ことへの嫌悪感への見方が徐々に変わってきました。
この嫌悪感は、よくよく考えれば私を守ってくれていたのです。
わがままをいって母を困らせないように、母を疲れさせないように私を制してくれていました。
自分のしたいことばかり主張してしまって、周りに嫌われてしまわないように、孤独にならないように、私を抑制してくれていた役割をずーーーーーーーーーーーーとになってくれていたんですよね。
それに気づいたときに、自然と嫌悪感へ「これまで本当に頑張って我慢してきてくれたんだな」「私のことしっかり止めてくれていてありがとう」という感謝があふれる感覚がうまれてきたんです。
感謝の思いに気づけるようになると、「十分これまで努力してきたんだからもう自分の幸福を願っていいし、それを言葉にしても私はもう大丈夫なんだ」と思えるようになりました。
独立したい、フリーランスになりたい、コーチとして生きていきたい、発信で自分のビジネスをしたいと言葉にできるようになったのもこのころからのような気がしています。
自己嫌悪から自己受容へ
自己嫌悪を受け止めることはわたしの中で正直スムーズに付き合い方を明確にできる道のりは決して簡単ではありませんでした。
それでも、お一人で自己嫌悪に悩まれいる方へお役立ちできることがあればなと思っています。
もしお一人で悩まれている方は、まずは以下のステップを試してみてください!
1. 自己嫌悪の感情を認識し、それが果たしてきた役割に感謝する
2. 自分の小さな願いから、徐々に言葉にしていく
3. 自分の願いを応援してくれる人を見つける
4. 他者の成長や願いを見守ることで、自分自身も成長する
1.もステップを繰り返しやってみるだけでも全然違うので、まずはトライをしてみてください。
もしやってみて難しさがあれば質問も受け付けているので、お気軽にご連絡ください。
自己嫌悪をついついやってしまう人へ
わたしはコーチという仕事を長年していながらも、どこかで自分が満たされること幸福になることを「自己嫌悪」と続けることで、防いで来てしまったのかなと感じています。
自分が幸福になってしまうと、周りに迷惑をかけてしまう、嫌われてしまうかもしれない、そんなことが怖かったです。
しかし、コーチという仕事をさせてもらって人が自分の心からの願いを口に出してくれる時の喜びを教えてもらいました。それは人を不幸にするどころか、私をめちゃくちゃハッピーにしてくれたんです。
人が幸せを願い、それを願いをかなえていく姿が他者にとっても幸せなんて本当にすばらしい仕事に出会えたなと心から思っています。
わたしはクライアントのみなさんに、「もう幸福になっていい」「自分の幸せに許可を出していい」と何度も教えてもらいました。
そして、自分の幸福も願いながら、他者の幸せを願い、喜べる幸せを教えてもらいました。
だから、私はコーチングが大好きです。
もしこの記事を読んでいる人で自分の願いを言葉にするのが仮に苦手な人がいて、願いを口に出すことに罪悪感を感じる人がいたら、間違いなくすくなくとも、あなたの願いは確実にここにいる私のことを幸せにすることができます。
すこしでも、言葉にしてみたいなと思っているけど一人では難しいなと思っているときは連絡してください。
あなたは願うだけで、自分だけじゃなくて他の誰かを幸せにする力があります。
あなたの願いをねたむ人もいるかもしれません、嫌がる人もいるかもしれません。しかし、そんな人の言葉に耳を傾ける必要はありません。
その人は別にあなたの人生に責任も取ってくれないし、大事にしてくれるわけでもありません。
そんなことよりも、あなたの願いに耳を傾けそれを聞いて喜んでくれる人に聞いてもらってください
言葉にして、もう自分のこと幸せにしにいっちゃってください。
それだけで喜んで、嬉しくなっちゃう人がここにいます。
願いを口にする手伝いと現実にしていくためのお手伝いはいつでも私は受け付けています。
いっしょにあなたの願いを言葉にしにいきましょう、あなたをさっさと幸せにしに行きましょう。
沢山人の幸福を願ってきたあなたはもう自分のことをしあわせにしていいんです。
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