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短い小説

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四方山がアップしてる短い小説をまとめてます
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記事一覧

【短編】ララの金縛り

【短編】ララの金縛り

 ある晩、ふと気がつくと全身を動かすことができなくなっており、ララは「またか」と思った。ララはかなりの頻度で金縛りに陥っていた。でもララは、そこまで金縛りを怖がってはいなかった。金縛りは、なにかの手違いで夢と現の間のとても狭い隙間に落っこちて、身動きが取れない状態だと思っていた。
 こんなとき、ララは冷静に状況を考える。手足は動かない。まぶたは開かない。まれに呼吸ができる時もあるが、今回は否だった

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【短編】エスケープ・フロム・2DK!

【短編】エスケープ・フロム・2DK!

朝、目が覚めた瞬間、和歌子は思った。

「逃げなきゃ」

とるものもとりあえず、服を着替え、一番手近に投げ捨てられていたコートとマフラーを身につけ、ボディバックに最低限の財布やらスマホだけを詰め込んで、転がりだすように玄関を開けた。

こんなところに居られない!

息苦しさのために大きく息を吸うと、冬の朝の凍てつく空気が、気管に肺にととげとげ刺さった。日の昇りきらない、二月になったばかりの午前は、

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【短編】さよならキンモクセイ

【短編】さよならキンモクセイ

 「なんか変わりました?」と尋ねると、ジュンさんは「実は分け目を…」と答え、頭頂部の髪を手櫛で軽く撫でて見せた。「ふーん」とだけ答えて、そのまま私はジュンさんに連れ立って歩き始めた。

 松虫の声がしていた。月明かりが黄色かった。秋の夜の空気は、昼間の朗らかな空気をぎゅっと圧縮したみたいに濃密な気配に満ちている。
「最近どうですか、人生」
 今度はジュンさんが聞いてきた。あまりにも答え方の幅の広す

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【短編】マダムの本棚

【短編】マダムの本棚

 あのときはまさか本当に現実になるだなんて夢にも思わなくて、
それでも夢にくらいは見たくて、
その夢の味見をするような気持ちで何気なく口にしたつもりだった。

 私の家にマダムの本棚がやってきた。

 それが玄関の前までやってきた時、私は――呆然としか言いようのないめまいを覚えた。

 もちろん突然やってきたわけではなく、それがやって来ることは一応事前には知らされていたものの、電話越しに聞かされる

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【超短編小説】本の魔女

【超短編小説】本の魔女

『夢だった書斎を、ついに持つことができました』

和紙のごわごわとした肌触りの便箋に挟まれて、全体的に茶色い鈍い色合いの写真がはらりと姿を現す。つるつるとしたその表面を、私は愛おしく撫で、不意に口元が無重力空間になったような高揚感を味わう。私は木漏れ日に照らされたような気分のまま家を飛び出した。

晴天のアスファルトの上を歩み、電車に飛び乗る。不規則な振動に体を揺らし、手紙の住所のある郊外の緑のな

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【短編】満室御礼、タナカタロウハイツ

【短編】満室御礼、タナカタロウハイツ

「102号室。君は平凡な青年」

 気付くと僕は、ただ一切れの紙を握って、よく晴れた空の下に立っていた。
 それまで何をしていたのか、僕はどこから来たのか、どこで生まれたのか。そういった記憶は一切なかった。
 けれど、なぜだかそんなことは一切気にならなくて、今はただこの紙に書かれたことに突き動かされるようにして、僕はここまでやってきた。

 目の前にしているのは、ところどころペンキの禿げた若草色の

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【短編】月夜の代償

 言葉にするには、あまりにも痛すぎる心がある。

 この胸の奥底に、笑顔の裏側に。
 目を背けて、きつく蓋をして、なかったことにしてしまいたい感情がある。

 それを直視してしまうことは、
 誰にでも見える形を与えてしまうことは、

 怖くて、痛くて、恐ろしくて。

 だから手を触れずに、目を向けずに、
 ずっとずっと、見通しの効かない湖の底に溶かしておきたい。

 そんな脆くて、汚くて、疎ましい

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【短編】ねこ、珈琲、眠れない夜

【短編】ねこ、珈琲、眠れない夜

 

 部屋の外に出たら満月だった。

 なぜ部屋の外に出たかと言うとねこがないていたからだ。
 ねこは毎晩アパートの外でしつこく鳴いていた。
 魔が差して部屋の外に出てみることにしたら、たまたま満月だったのだ。
 要するに自暴自棄だった。やけになっていたのだ。
 だからねこについていくことにした。
 自暴自棄だからと言っても部屋の鍵は閉めた。財布も携帯電話ももった。
 計画的なやけだった。

 

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【超短編】ハーフなわたし

【超短編】ハーフなわたし

 夏。
 また寝坊した。

「幸村ぁ!何度目だ、お前!」

 担任にしこたま怒られたあと、汗でじっとり濡れたセーラー服を貼り付けて席に着く。うちかて好きで寝坊してるわけやないのに。

 愚痴らなやってらんない気分やわ、と1時間目の開始を待つ間に、隣の席で文庫本を両手でしっかり構えて読んでいる漆間さんにだる絡みを仕掛ける。

「漆間さんかて、寝坊して遅刻しそうになるときくらいあるやろ?」

 漆間さ

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