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死者への祈り



10年以上も前のこと

私が20代も半ばを過ぎた頃、当時勤めていた会社の上司とふと、2人で食事に行く事になった

その上司は当時40代後半の方で、社内でもかなり高い役職に就かれており、ほとんど話しもしたことがなかったが、その夜偶然会社の入り口で鉢合わせたのだ

かなり困惑したが、タクシーで連れていってもらったのは、確か赤坂辺りにある古民家を模したような古い小料理屋で、着物を着た仲居さんに先導されて、暗い廊下をしんしんと歩いて着いていった記憶がある

こうした格式ある料理屋に入るのは初めてだったことはもちろん、何を頼めばいいのかさえも怪しかったが、その上司が慣れた手つきで注文してくれ、困惑を通り越して動揺を押さえながらご一緒させて頂いたのだ・・・

そのときの上司は魚をメインとした料理にはほとんど箸を伸ばさず、ひたすら手酌で日本酒を飲んでいたが、ふと、私の方を見て苦笑しながら仲居さんに肉料理を何皿か注文してくれた

そのときの当時の上司の言葉が、今も不思議と心に残り続けている

”君はまだ若いけど、40歳になるあたりからは肉ではなく少しの魚料理で満足するようになる・・・そういうもんさ”




その上司はその後50歳を迎える前に唐突に鬼籍に入り、足早に去っていかれ、今ではもう会う事も叶わないが、そのときの言葉と不思議と透き通ったような表情が今日に至るまで強く脳裏に焼き付いている

あれは本当に不思議な夜だった

今思うに、そのときの上司の心情はある程度は理解できる

仕事を終えて家庭のある家に直接帰るのではなく、ちょっと一杯引っ掛けて帰りたかったに違いない

理由はそれこそ無限に存在したのだろうが、相手は誰でも・・・それこそ、素性もよくわからない20代の新人社員でもよかったに違いない・・・何の事情もわかるはずのない・・・若い人間なら、誰でも

来年XX歳を迎えるにあたり、その上司の言葉の通りになりつつあるのに苦笑しつつも、もう一度、その去っていってしまった上司に会いたい



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