【書籍紹介】賢く敵を選べ─持続的な成功をもたらすビジネスプランニング(フェニックスシリーズ)
この度、パンローリング株式会社編集部より『賢く敵を選べ─持続的な成功をもたらすビジネスプランニング』をご恵贈いただきました。ありがとうございます!
本書は、幼少期のイラン革命時に難民としてアメリカに移住した後、連続起業家、コンサルタント、作家として成功を収めたパトリック・ベト・デビッド氏(Patrick Bet-David:パトリック・ベト‐デイヴィッドとも)による書籍です。
今回、本書をご恵贈いただいたのは、私が連載している書評コーナーにて、パンローリングが出版したウィリアム・ブリッジズ、スーザン・ブリッジズによる『トランジション マネジメント』を紹介したことがきっかけでした。
こうした形でご縁ができて、とても嬉しいですね。
今回は本書や著者について、特に著者の述べる「敵」とはどういったものか?ついて簡単にご紹介できればと思います。
パトリック・ベト・デビッド氏について
パトリック・ベト・デビッド氏(Patrick Bet-David:パトリック・ベト‐デイヴィッドとも)の来歴は、本書中でも語られていますが、その半生は壮絶なものです。
10歳の時にイラン・イラク戦争を体験し、イランから脱出。移住先のアメリカでアメリカ空軍に所属した後、30歳で金融サービス会社を起業します。
66人のエージェントを抱えてスタートし、4万4000人の会社にまで成長させた後に9桁のイグジットを達成。
その後立ち上げた、自分自身が欲していたビジネスにおけるアドバイスを提供するためのYouTubeチャンネルValuetainment(ヴァリューテインメント)は、再生回数10億回を超え、起業家向けチャンネルとしてNo.1を獲得したといいます。
また、2020年に出版された著書『Your Next Five Moves(邦題:勝者の先読み思考)』はAmazonにおいて6500を超える驚異的な数の評価を獲得するベストセラーとなりました。
今回、紹介する『賢く敵を選べ』は2023年に出版された『Choose Your Enemies Wisely』の邦訳書です。
本書もまた、13ヶ国語に翻訳されたベストセラーであり、パンローリングによって2024年8月に出版されました。
では、なぜ著者は起業するに至ったのでしょうか?
それは、彼を義憤に駆り立てる「敵」の存在がありました。
著者が「敵」を認識するようになったきっかけ
2002年の12月。当時24歳だった著者パトリックが、親戚たちが集ったクリスマスパーティに父と共に赴いた時の出来事です。
ふと、何年も前に父が援助した親戚が、父のイランを出てからの落ちぶれようを面白がるような話をするのが聞こえてきました。
父を侮辱する親戚、恥じ入るような表情の父、アメリカ軍再入隊をリクルーターに薦められるほど困窮していたパトリック自身……そういった状況の中で、パトリックの中にかつて感じたことがないほどの怒りが生じました。
その親戚に食ってかかり、パーティを抜け出した後に父に諌められている時、パトリックは何度もこう繰り返したといいます。
この出来事から約20年後に『賢く敵を選べ』を書くに至るまで、当時のパトリック青年に芽生えた怒りは絶えざるエネルギーとなって、衝き動かしてきました。
ただし、敵は常に同じ出会った訳ではないと著者は語っています。現在の「敵」について、著者は以下のように述べています。
どうやら、私たちが「敵」と聞いて思い浮かべるものや向き合い方と、著者の述べるそれは異なるようです。
では、著者が言う「敵」とはどういった存在なのでしょうか?
本書が述べる「敵」とは?
本書の原著のタイトルは『Choose Your Enemies Wisely』であり、言語においても「敵」=「Enemy」です。
本書中には明確な定義はないですが、選ぶべき「敵」の特徴や、「賢く敵を選ぶ」とはどう言うことか?について、豊富な事例や著者の体験も含め、紹介されています。
著者独自の表現を抜粋すると、「敵」については以下のようなことが言及されています。
これらを眺めてみると、著者が語る「敵」の輪郭が見えてくるかもしれません。
また、「敵」が自分の中に生み出す感情や衝動については、以下のようなことが述べられています。
以下、本書を拝読した上での3つの観点を紹介できればと思います。
本書を読み解く3つの観点
「敵」についての詳細な考察とメタ認知
私たち日本人にとって「敵」という存在や表現は、強烈な印象を伴うかもしれません。
しかし、著者の半生を踏まえると、競争社会を生き抜くための精神性からくる「敵」という言葉を選んだことは自然と受け入れられるように思います。
さらに、深く本書を読み込んでいくと「敵」という言葉の中に含まれる真意は決して、憎しみや恨み、妬みによって「敵」を打ち倒すことを推奨している訳ではないことがわかってきます。
自分の中の最も重要な価値観や感情を揺さぶる源泉を探る方法として「敵を選ぶ」ことが重要であり、「敵」が掻き立てる衝動こそが、驚異的な集中力や突き抜けた行動力を生み出す、と述べているのです。
また、復讐心や妬み、エゴを満たすための敵選びは身を滅ぼすことに繋がりかねないと著者は述べており、冷静な判断力や理性と、その身を突き動かす強い感情とのバランス、自分自身や敵をメタ認知することの重要性についても示唆してくれています。
自分を突き動かす衝動にフォーカス
一例ですが、『異文化理解力』(英治出版)において著者のエリン・メイヤーは、日本人のコミュニケーションはハイコンテクストであり、間接的にネガティブなフィードバックを行い、対立を回避する傾向が高いとカルチャーマップ(The Culture Map)の中で示しています。
こうした傾向を持つ日本人であっても、自分の中には大事にしたい価値観や不可侵の領域があり、それを脅かされたり、傷つけられたときには強烈な感情や衝動が生まれます。
「敵」の存在は、自身の中に眠る強い感情や衝動のありかを探る1つの手段として捉えることができるかもしれません。
本書を読み進める中では、『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(ちくまプリマー新書)も連想されました。
京都市在住の哲学者・谷川嘉浩さんによって著された本書は、デューイ(哲学者・思想家)、フロイト(精神分析学者)、クリステンセン(経営学者)、ダニエル・ピンク(作家)といった多様な専門家の知見や、『チ。―地球の運動について―』、『葬送のフリーレン』をはじめとする話題作の事例をふんだんに散りばめながら人生のレールを外れてしまうほどの『衝動』の正体を探っています。
ビジネスにおける競争やその先の成功とは文脈が異なりますが、自分自身ですら驚くような方向性へ人生を導くほどの衝動と、「賢く敵を選ぶ」ことによって生まれる狂気的な集中力や圧倒的な行動力を生み出す強く持続的な衝動に関連性を感じ、紹介させていただきました。
著者が影響を受けた日本企業の精神
もう1点、本書で目を引いた部分が、著者が日本企業に影響を受けていたという記述です。
これまで、本書を紹介する上で特徴的な「敵」に関する記述を中心に述べてきましたが、本書の趣旨とは「正しい敵と競争相手を選ぶことから始まる、ビジネスプランニングを身につけること」です。
正しい敵を選ぶことは自身の中にある深い価値観を揺さぶり、強い感情を呼び起こし、持続的かつ強力なエネルギーを生み出しますが、このエネルギーを昇華していくには論理的なビジネスプランニングが必要です。
「敵」に関してだけではなく、過去の経験や歴史に学び、計画性の大切さも説く著者は、そのきっかけが起業当初に読んだ『ザ・トヨタウェイ』(日経BP社)にあると述懐しています。
ミシガン大学のジェフリー・K・ライカー(Jeffrey K. Liker)によって著された『ザ・トヨタウェイ』はトヨタ生産方式の研究書・解説書であり、2004年の出版以降、26カ国語に翻訳され、世界中の企業に多大な影響を与えた書籍です。
当時30歳の著者パトリックは、師と仰ぐ人に熱心に本書を薦められて、長期的な思考と遠くの未来まで見据えたビジネスプランの策定の重要性を学んだと言います。
このほか、西暦578年の社寺建築会社であり、世界最古の企業である金剛組を取り上げるなど、著者の日本企業における長期視点へのリスペクトが感じられる記述がいくつも見られました。
本書についてさらに詳しく知りたいという方は、ぜひご一読を。