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紫がたり 令和源氏物語 第七話 帚木(三)

 帚木(三)

左馬頭はふと自嘲気味に笑むと続けました。
「それでは今一人の女の話を・・・、ちょうど指喰い女の目を掠めて通っていた女の話です」
その女は指喰い女よりも身分が高く、容姿も美しい女でした。
歌などもさらさらとそこそこの教養もあり、管弦が得意でちょっと婀娜っぽいところが魅力で足繁く通っていたのです。
ただ気になるところといえば、言い寄ってすぐに靡いたところでしょうか。
左馬頭は指喰い女が生きている時分には、あちらが本妻でこちらは時折逢うのにほどよいと気に入っていましたが、指喰い女が亡くなると、こちらを本妻にするにもどうにも頼りない気がして距離を置くようになりました。
しばらくぶりにあの女の元へ行ってみようかと思いついたある夜、御所から退出する折に知り合いの殿上人とばったり会ったので、そのまま左馬頭の車に相乗りして御所を後にしました。
同乗者もいることですので女の所は諦めようと、父の大納言の邸に向っていると、知人は近くに女の家があるからと途中で車を降りました。
こういう時にこそ妙に勘が働くもので、左馬頭はその知人を尾行しました。

なんと、やはり・・・。

男は例の女の家へと入って行きました。
どうやら前から文などやりとりして示し合わせていたようです。
女は和琴を爪弾いていました。
それに合わせるように男は笛を吹き鳴らし、二つの音色がぴったり寄り添う様にいてもたってもいられなくなり、左馬頭はその場を去り、その女とはそれきり別れてしまいました。
「女はたやすく靡くのが可愛い、などと皆さまは思われるでしょう。それが『知らぬは亭主ばかりなり』というように陰であざ笑われていることもあるのですよ。つくづくあの女が浮気性でなければ、と思うのですが、なかなか思った通りの女というのはいないものですね」
左馬頭は大きな溜息をつきました。
ご自分の浮気を棚に上げて、よくもおっしゃることです。


「なんだか話が取り留めもなくなってきましたが、思い出した女があるので、その話をしましょう・・・」
いつしか頭中将は少し寂しそうな顔をして語りだしました。
その女と出会ったのはまだ少将だった頃です。
女はすでに二親とも亡く、心細い生活をしておりましたが、性格が柔和で可愛いらしい人でした。
それほど頻繁に通っていたわけではありませんが、間遠になっても女は恨み言ひとつ言わず、逢うと素直に喜ぶ姿が可憐で、こうして続く限り世話をしていこうと愛情を感じていました。
やがて二人の間には女の子が生まれました。
この辺りからどうやら中将の正妻が女の存在に気付いたようで、たびたび嫌がらせをしたり、脅したりと辛くあたっていたようです。
当の中将はそんなこととは露知らずにまた疎遠になっていたところ、女から文が届きました。

 山がつの垣ほ荒るともをりおりに
      あはれはかけよ撫子の露
(私のことは気にかけてくださらなくてもお恨みしませんが、撫子(娘)には愛情を注いであげてください)

珍しいことと、中将は急いで女の元を訪れました。
何やら思い悩んでいるようでしたが、いつものように優しく笑って迎えてくれます。

 咲きまじる花はいづれとわかねども
      なほ常夏にしくものぞなき
(前庭に咲き誇っている花は優劣をつけがたいものですが、私には常夏の花のようなあなたが素晴らしいと思うのですよ)

女には頼るものが中将しかなかったので、この言葉を信じるより他はありませんでした。この時に正妻の仕打ちなどを少しでも漏らしていれば、中将も何か手を打てたかもしれませんが、この女はそうしたことを切り出せるようなずうずうしい性質ではなかったのです。

再び中将の訪れが遠のいている間に女は行方をくらましてしまいました。

「事情を打ち明けてくれればよかったのに、なんとも寂しいかぎりですよ。
今ではどこにいるのやら・・・。もしかしたら他に通う男ができて、私も捨てられたのかもしれませんね」
と中将が苦笑いをするので、みな身につまされたように考え込んでしまいました。

次のお話はこちら・・・



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