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紫がたり 令和源氏物語 第八十七話 賢木(十六)
賢木(十六)
「何故相談もなく突然御出家などなさったのですか?」
源氏は務めて平静を保ちながら宮にお聞きしました。
その言葉の裡には、私をお捨てになったのですね、という恨めしさが籠っております。
「今日思い立ってそうしたわけではありません。以前からその心積りでおりました。前もって発表すると皆が止めるでしょうし、そうなると私の決意も揺らいでしまいそうだったもので」
王命婦が取次となり、直に御声を聞かせてもらえないことに苛立ち、やるせなくて、深い溜息をつきました。
「春宮のことをお考えにならなかったのですか?」
源氏はあまりにも悔しくて、いつぞや言われたことを返してみました。
すると宮は、
「春宮を思えばこその決断です」
そうきっぱりと仰いました。
源氏:月のすむ雲井をかけて慕ふとも
この世の闇になほや惑はむ
(あなたが出家されて御仏の世界に心を馳せても、子を思う心の闇に迷われるのではありませんか)
中宮:大方の憂きにつけては厭へども
いつかこの世を背きはつべき
(世間が辛くて出家しましたが、いつになったら子供のことを思う闇から抜け出ることができるでしょうか)
源氏は苦しい想いを抱えたまま、三条邸を辞去しました。
父院が亡くなってからは辛いことばかりで、大切な人が一人、また一人と去っていってしまう。
こんな辛い世ならば自分も捨ててしまいたいものだ、そう思うものの、そうなれば誰が春宮をお守りできようか。
兄帝のことは慕わしく尊敬しておりますが、いかんせん頼りないところがあり、右大臣と大后を抑えて故院の御遺言を守れるのかどうかと危ぶまれます。
このような治世がいつまで続くのか、と先も見えないもので、暗澹とした気持ちで一杯になるのでした。
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