紫がたり 令和源氏物語 第二百三十八話 螢(六)
螢(六)
例年通り梅雨の時期を迎えましたが、今年はいささか長梅雨のようです。
晴れ間もなくじめじめと雨が降り続いているので、六条院の女君たちは気晴らしのように絵物語に熱中しておりました。
玉鬘姫は鄙びた田舎暮らしで絵物語や小説の類を目にすることがありませんでしたので、鮮やかに描かれた姫君や貴公子の物語が珍しく、その世界に魅了されております。
物語は作り事と女房たちは言いますが、人の心の有様や世間というものなどが如何なものかを学ぶことができます。
中でも玉鬘が特に気に入ったのは『住吉物語』です。
このお話は継母にいじめられた姫が幸せになるお話です。
『落窪物語』を模したシンデレラ・ストーリーですね。
母を亡くした姫君は父に引き取られますが、継母には辛く当たられ、母違いの姉妹からも冷たくされるのですが、それは美しい姫なのでした。
そんな姫に四位の少将という将来有望な求婚者が現れます。
二人は愛を育みますが、継母は少将を自分が産んだ娘の婿にと望むあまり、二人の仲を裂き、少将をうまく丸め込んで婿に迎えました。
失意の姫君を不憫に思った父の中納言は器量のよい姫を帝の元へ入内させようと画策します。
しかしそれを面白く思わない継母が姫はどこぞの法師と通じていたという悪意のこもった噂を流して横槍を入れるのです。
姫は尼となった乳母と共に都から姿を消しますが、少将はどうしても姫を忘れることができず、霊験あらたかな初瀬の観音さまへお参りし、その夜夢に愛しの姫が現れるのです。
姫に居場所を訪ねると「住吉にいる」とだけ告げて消えてしまいましたが、これがただの夢とは思えない少将は居ても立ってもいられず、とうとう住吉の地で姫と再会するのです。
姫を京へ迎えた少将はいつまでも仲よく幸せに暮らしたということです。
玉鬘はあのすがるような思いで登った初瀬のお山が二人の恋人を結びつけたことに感銘をうけて、御仏の慈悲に感じ入りました。
まだ実の父君にはお会いできませんが、自分が今こうしているのも初瀬の観音さまのおかげと思われてならないのです。
それにつけてもどんな物語よりも己の運命ほど数奇なものはないと姫は思います。源氏という親ではない人に養われているのですから。
そうしたところにご当人が訪れました。
「これはまた、こちらでもたくさんの絵物語を広げられている。女の人はよほど嘘ごとがお好きなようですね。まるで騙されるために生まれてきたようなものだ」
「物語を“嘘ごと”などと、嘘ばかりおつきになっている御心にはそのように思われるかもしれませんわね」
玉鬘はつんとすまして源氏にちくりと反撃します。
「おやおや、機嫌を損ねましたか。これは失礼。まぁ、確かに神代から語り継がれる物語などは事実を多く映しているものです。そこに創作があろうとも後世に語り継ぐべきことが記されているには間違いないですからね」
玉鬘は近頃源氏という存在に慣れてきたようです。
強引に無体なことをしないのも薄々感じているようで、そうした艶な話を抜きにすればこの君は教養が高く、見識も深い、経験も豊富な先達なのです。
学問のことなどを問えばあらゆる知識を教授してくれます。
玉鬘は講義を聞こうと背筋を伸ばして正しく座り直しました。
次のお話はこちら・・・
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