紫がたり 令和源氏物語 第二百六十二話 行幸(六)
行幸(六)
二人の大臣にとってその宵の酒はことのほか美味に感じたことでしょう。
まだ夕霧と雲居雁のことは折り合いがついていませんが、今宵ばかりはと互いに口を噤んで酒を酌み交わします。
亡き女を二人の男が想いながら、昔語りに花が咲く。
若かった頃というのは今思えば恥ずかしく大それたことなどを平気でやってのけたものですが、よき思い出となって鮮やかに甦ります。
この二人はみずらに結った童殿上の頃からの仲なのです。
数年もの隔てはなんのわだかまりもなく、淡雪のように溶けてゆくのでした。
夜も更けて三条邸を辞去した内大臣は大層ご機嫌で車に揺られておりました。
供の者達は何か政治的なことで源氏の大臣に譲ってもらったのだろうかと推量しておりましたが、まさか娘を譲り受けたとは考えも及ばぬでしょう。
内大臣は勘のよい方なので、もしや玉鬘はすでに源氏の愛人になっているのでは、とよぎらぬこともありませんでしたが、それならばそれで源氏を婿君として鄭重に扱ってやろう、それも悪くないと笑むのでした。
玉鬘姫の裳着の儀はこの如月の中頃ということになりました。
源氏は玉鬘の元を訪れ、父内大臣が腰裳結いの役であることと、すでに素性を明かしたことなどを告げました。
「内大臣は早くあなたに会いたいと涙を流していましたよ」
「ありがとうございます」
玉鬘は嬉しさのあまり袖を目に押し当てて泣きました。
そんな可憐な姿が愛しくて源氏は思わずまた姫を抱き寄せてしまいます。
しかし親を想って泣く娘に婀娜めいた心を持つのは憚られ、宥めるように静かに髪を撫でました。
裳着の日取りなど決まったことで、源氏は夕霧にも玉鬘が内大臣の姫であることを明かしました。
夕霧はまさか父が他人の子を引き取って娘とするような酔狂な真似をするとは思いませんでしたので、いつぞやのあの野分で垣間見た痴態はさもあらん、と納得しました。それにしても柏木は実の姉に言い寄っていたことになるので、それを心裡では楽しんでおられたのだな、と父の人の悪さに辟易します。
ふと従姉弟であるならば自分が言い寄ってもよいのではないか、などと好色な心がうずくのはやはりあの時垣間見た美しさが忘れられないからでしょうか。
しかし従姉弟ということは雲居雁の姉ということになり、愛しい君にそんな不誠実はできまい、と生真面目に思い直す所は夕霧らしいといえばそうなのでしょう。
まったく父大臣とは違い品行方正な若君なのでした。
さて、如月の中頃といいますと、間がありませんので、六条院の女君たちは大忙しです。
紫の上は当然儀式に必要なものなどを揃え、客人への引き出物、さらに個人的に玉鬘姫に贈りものを用意せねばと大張り切りで、他の女君たちも贈り物を素晴らしく整えて差し上げようと六条院は活気で溢れています。
互いにどんなものを贈るかは内緒にしていて、当日に姫や源氏を驚かせようという趣向なのです。
源氏は玉鬘の為に立派な調度を誂えました。
それはこれから先もずっと使い続けていけるような上質なものです。
まこと邪な心さえなければ至れり尽くせり、これほどの御方はおられぬものですが、世に稀なる君は良くも悪くも女人を悩ませる存在なのでした。
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