紫がたり 令和源氏物語 第二百七十三話 真木柱(四)
真木柱(四)
源氏の胸中は如何なものであったのか。
紫の上が何も言わずに侍っているのを源氏は横目に眺めます。
「あなたは私が玉鬘に懸想しているなどと邪推していたようですが、私の身の潔白は証明されたでしょう」
「そうですわね。わたくしは姫が傷ついているのではないかと心配でなりません」
「ああ、まったく。思いもかけぬことで動揺しておられるだろう。螢宮ならいざ知らず、髭黒殿は最も御心の遠い方だったからな」
源氏がそう言っても、長年連れ添った紫の上には源氏の心裡が察せられます。いまやどす黒い嫉妬の炎に苛まれ、憤怒をどちらにやっていいのやら、その胸の裡には大風が吹き荒れているに違いありません。
紫の上は巧みに会話を逸らすと明石の姫君の御座所へと向かいました。
しばらくは源氏をそっとしておくのが一番よい、と賢い紫の上はじっと静観することに決めました。
それにしても玉鬘姫のお気の毒なこと・・・。
紫の上は源氏にかどわかされるように二条院に引き取られ、妻にされた己の身の上を玉鬘姫の過酷な運命と重ね合わせておりました。兄のように慕っていた源氏が男に変わったあの瞬間、まるでそれまでの上辺がその為だけに用意されていたように思われて、騙されたと傷心したものです。
まったく女人というものは自分で運命を選べない悲しい生き物であるとやるせなく、重い溜息をついたのでした。
髭黒の右大将はなんとか玉鬘に心を開いてもらいたくて、陽が高くなっても姫の御座所を出ることはなく、なにやかにやと話しかけます。
「私はあなたのことを想いはじめてからずっと石山寺の観音様に願いをかけてきました。そして霊験あらたかに我々を夫婦とするよう定めたのですよ。明るく楽しい未来を考えましょう」
人の心も体も踏みにじっておいてよくもそのようなことを、と玉鬘は不快でなりません。
「陽も高くなりました。どうぞ邸へお引き取り下さい。わたくしは気分が悪うございます」
玉鬘はそっけなく言い放ちました。
見れば見るほどむさくるしいこの髭黒と同じ場にあるのが耐えられないのです。まるで息をするのさえ憚られるように。。。
「姫さま、お顔の色がすぐれませんわね。右大将さま、今はお引き取りになった方がよろしいかと」
右近の君がすかさず間をとりなしました。
新婿は夜明け前に帰って行くのが風流というものなのに、姫の御心を傷つけた上にそんな心得もないものか、と右近もこの御仁が忌々しく感じられてなりません。
「では、今宵またお逢いしよう」
右大将は何度も振り返りながら、後ろ髪を引かれる思いで六条院を後にしましたが、ぷいと目を背けた姫は一瞥も返してはくれません。
「姫様、大丈夫ですか?」
「右近、あの方はまるで獣のようだわ。あの方が側に寄ると気持ちが悪くなります。もうお会いしたくありません。わたくしをどこかに隠して」
玉鬘は泣いて右近の君に懇願しますが、源氏も正式に認めた婿にそのような仕打ちはできません。
「姫さま、もうしわけありません」
右近の君も泣いておりました。
玉鬘は絶望に打ちひしがれ、病んだようにそのまま寝込んでしまいました。
次のお話はこちら・・・
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