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紫がたり 令和源氏物語 第四十九話 紅葉賀(八)

 紅葉賀(八)

帝のご心配などは露知らず、源氏は表向きは真面目な貴公子らしく通しております。
宮中に仕える女官達はそれを物足りなく思い、誘いの歌を詠んでくることなどが多々ありましたが、源氏はそれとなく躱して相手にしないので、つまらないことと不満に感じておりました。
若い源氏は女の方からの誘いに応じるのは面白くなく、これぞと思った姫君がなかなか靡かないのを攻略するのが恋の醍醐味のように感じていたので、手近な女官に手をつけるのは気が進まないのです。
それでも一度だけ興味本位に関わりを持った女官がいます。
源典侍(げんのないしのすけ)という女性ですが、御年五十七、八歳。
源氏とは祖母と孫ほどの歳の差がありますが、この典侍は大層色好みで若い時分から数々の浮名を流した恋多き女性なのでした。
この御歳になっても源氏に色目を使うので、なかば呆れながらも戯れに婀娜めいた言葉を返すと、ご自分ではこの組み合わせがまったく不似合いだとも感じておらぬようで、尚更に媚びてくるのが滑稽に見られます。
どのような心持ちなのかと益々好奇心が湧いて、どんな手練があるものかとつい過ちを犯してしまいました。
しかし流石におばば様相手では外聞がよろしくないので、それ以来この典侍を避けて逃げ回っているのです。
源典侍はそんな源氏の仕打ちを恨みましたが、やはり諦めきれずに、なんとか恋人になりたいと願っているのでした。

源典侍がある時帝の御髪上げを担当したことがありました。
帝はお召し替えの次の間に移ってしまわれたので、御湯殿で手持ち無沙汰にしているところに源氏が通りかかりました。
今日はいつにもなくこざっぱりとしていて、衣装の襲(かさね)なども華やかで洒落ています。
 またまぁ、若作りをなさって・・・。
源氏はつい悪戯をしたくなって、裳の裾を引っ張ってみました。
典侍は待っていましたとばかりに、
「あら、どなた?」
と婀娜っぽく、扇の奥から流し目を送ってくるので、苦笑せずにはいられません。
歳に合わぬ派手な扇だなぁ、とご自分の扇と取り変えて見ると、真っ赤な面に金泥(こんでい)で塗りつぶした木立が描かれています。
そして扇の隅には、『森の下草老いぬれば』と書き散らされております。
年寄りには男が寄り付かない、といった意味で、なんとも露骨な文言に源氏は絶句しました。しかしながらさすが才女と謳われただけに美しい手蹟です。
「いやいや。『ほととぎす 来鳴くを聞けば大荒木の 森こそ夏の宿りなるらめ』の歌にあるように、あなたの元にはたくさんの若駒が集まることでしょうねぇ」
そう躱して逃げようとしたところ、

 君し来れば手馴れの駒に刈り飼はむ
     さかり過ぎたる下草なりとも
(あなたがおいでになるのであれば愛馬の為に草をごちそういたしましょう。老いておりますが私もどうぞ)

長し目を送りながら返すので、
「他の若駒に恨まれそうなので遠慮しておきますよ」
源氏は疾くその場を立ち去ろうとしました。
「橋柱」
典侍は口早に源氏の裾を捉えました。

 津の国の長柄の橋の橋柱
    古りぬ身こそ 悲しかりけれ

これは年老いた我が身が悲しいと嘆く歌でしたので、源氏は少し可哀そうな気持ちになりました。
「そのうちにまたお声掛け致しますよ」
誰かに見られでもしたらとてもみっともない、という気持ちで落ち着きません。
そそくさと去る源氏の後ろ姿を、これは意外な取り合わせであるなぁ。
誰あろう父帝に覗かれていたのは不運としかいいようがありませんでした。
「真面目すぎると心配するほどのことではなかったが、しかし・・・」
帝は少々複雑な御気持ちで首を傾けられました。

まさかの坂がこんなところに・・・。
お付きの女官達も思わぬところに居合わせて、どうしてこの典侍がモテるのか、と言葉を失うのでした。

次のお話はこちら・・・


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