紫がたり 令和源氏物語 第百四十五話 蓬生(三)
蓬生(三)
華やかな襲ねを覗かせ、網代車を優雅に飾り立てた叔母は、権門の夫人ぶって車を邸の前に着けさせました。
鬱蒼とした邸を見渡し、破れた垣を見つけるも、噂以上の荒れ具合に言葉を失くします。
「侍従の君、このようなところに本当に若い姫君が住んでいるというのかい?」
「ええ、そうなんでございます。御方さま」
供に加わり、道を先導してきた侍従の君は恥を忍んで姫の叔母に縋るつもりでした。
「姫にお越しになったことをお知らせしてまいります。しばしお待ちくださいませ」
侍従は慣れた様子で草を踏み分けて邸の裏手へ消えましたが、道もないところをどう進んだらよいのか叔母は困惑しました。
「誰か、適当に道を作っておくれ。これでは邸の中になど入れやしないわ」
「はは、かしこまりました」
随従の男たちが刀を手に木々を打ち払い、どうにか人ひとり通れるほどには道を作りました。
足場の悪い小道を厭いながら、不機嫌丸出しの叔母君ですが、魂胆があるので我慢して姫の御座所へと足を運びます。
「まぁ、姫。ご無沙汰しておりますわ。このように恐ろしく荒れてしまって、お気の毒に」
そううわべは親切そうに取り繕っておりますが、内心では皇族などプライドばかりで所詮生活力がないではないか、と鼻白んでいるのです。
それでも皇族という血筋と関わりがあることは二流の者にしてみれば、たいそう家の見栄にもなりますし、姫を邸に引き取って娘達の召使にでもしてやろうという下心があるので、あくまでもやんわりと姫を誘います。
「うちのお邸にお越しになればなんのご心配もありませんわ。私の娘たちはあなたと従姉妹ということになるのですから、気兼ねなくご自慢のお琴でも聞かせてくださいませよ」
「はぁ」
姫は几帳を隔てて、古臭い扇で顔を覆ってしまい、何とも曖昧に相槌をうっているのが勝気な叔母にはもどかしい。
「大変ありがたいお話しですこと。よいお話だとは思われませぬか?ねぇ、姫?」
このような暮らしから抜け出したい一心の老い女房達は叔母の機嫌を損ねまいと必死です。
「お気持ちはありがたいのですが、生まれ育ったこの邸を離れるのは辛うございます」
消え入るように姫は応えられると、御座所を下がろうと身じろぎしました。
その気配を感じ取った叔母はカッと血が上り、語気を荒くしました。
「私を所詮受領の妻と見下していらっしゃるのですか?」
「そのようなことは・・・」
おどおどとはっきりしない様子に、どこまでもお高くとまっているものよ、と思うと癪に障り、それまで被っていた猫は何処へやら、叔母は強い口調で言いました。
「まさかまだ源氏があなたを救ってくれると思っていらっしゃるのですか?あの方は遠い須磨の浦にあっていつ赦されるかわからない身の上ですよ。それに二条邸の紫の上とかいう、たいそう美しい御方を娶ってからはその方一筋というお話です。こう言っては何ですが、あなたのように器量の悪い姫なんてとうに忘れ去られているでしょうよ」
ずけずけと遠慮のない言葉に耐えられず、姫はしくしくと泣きだしました。
するとさすがの叔母もばつが悪く、
「何も意地悪で申し上げているのではありませんよ。あなたが夢見がちで心配ですから本当のところを言ったまでです。よく考えてからもう一度お返事を下さいまし」
そうして叔母は帰って行きました。
まったく扱い辛い姫であるよ、と叔母は思い通りにならなかったことを口惜しく感じました。
こうなるとどうしても召使にしてあの赤い鼻をさらに赤くしてやりたいものだ、などと意地の悪いことを考えるのでした。
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