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ちいさな、ちいさな、みじかいお話。

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#連載

短編小説 -芳醇な血- Part2

短編小説 -芳醇な血- Part2

私はその予報の前日にスーパーマーケットで赤ワインを買った。四千円と、そのスーパーマーケットで並ぶワインの中では高い物で、別に私はワイン通でもなんでもないから、それこそ何でもよかったのだけれど、予報で「数年ぶりの大雪」と言った、天気予報士の言葉を思い浮かべていると、自然と少しだけ割高なワインに手が伸びたのだった。

家に帰り、ワインを置いた。シャワーを浴び、外の方へ目を向けてみてもまだ雪は降っていな

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短編小説 -芳醇な血- Part1

短編小説 -芳醇な血- Part1

 雪を見ると無性に赤ワインが飲みたくなるのは、私にとって随分と昔からの癖というか、生活そのもののようなもので。

赤ワインなんて普段滅多に口にしないのに、そういう時ばかりは、その深紅の色に完全に心を持っていかれちゃったりするのは、とても不思議な感覚だったりもする。

 大雪になるという予報を一週間前に見た。
東京にいる私にとって、雪はそれこそ珍しいという事もないけど、それでも少し心が浮き立ったりす

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長編小説『because』 最終回

長編小説『because』 最終回

「あー……」
自分でも驚くくらいの低い声が口から零れ、私は背にしていた家のドアを眺めた。まだ、この向こう側に彼はいるだろうか。ドアを閉めてから数分は経ってるから、もういないかもしれない。もう下へ降りてしまったかもしれない。
「うん、いない、いないんだ。きっと」
そう考えながら、私はドアを外向きに開けた。彼はいない。通路を挟んで私の住んでいる街の点々と光る明かりが見えるだけだった。
「ほらね」
私は

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長編小説『because』 89

長編小説『because』 89

 バタンと音をたてて閉めたドアの向こう側に彼の温度をじんわりと感じていた。「あなたが」と言ったその後の彼の言葉はそのドアの音に掻き消されてしまったけど、その先の言葉は聞く必要もなく、容易に予想のできる事だった。

 好き。彼はきっとそう言ったのだろう。しかし、彼は私の何を見て好きになったのだろうか。彼はいつどこで私を見つけたのだろうか。

 結果、彼が私の事をなぜか好きになり、今こうして家まで押し

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長編小説『because』 88

長編小説『because』 88

「あのな、結局誰もいなかったんだよ」
でんぱちは、ここまでの経緯を美知に話し
「……そうなんですか」
と、美知は答えた。露骨に私の悲しみを少しでも背負おうとしているその様は嫌みではなく、私は純粋に彼女の優しさだと受け止めている。
 どこにでもあるような店内の広いレストランで、誰一人としてお腹を空かせていなかった三人は、アイスコーヒーとウーロン茶とチャイだけを頼み、店員の少しきつめな視線を無視する事

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長編小説『because』 87

長編小説『because』 87

「その人は誰ですか?」
彼女自身の存在は、人ごみに埋もれてしまう程に弱いのに、その感情のない目だけは随分とはっきり見えた。
「ああ……」
と言ってごまかそうとしている自分に気付いた後に、私はこの人が本当にどこの誰かなんて知らなかった事にも気付いた。たまたま定食屋で会った、きっとこの辺りに住む中年の男性であるのであろうという、それこそ憶測に過ぎない訳で、この人の事なんて私は何も知らない。
「でんぱち

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長編小説『because』 86

長編小説『because』 86

諸々の事情がどうであれ、私は何に分かったのかも分かっていないまま「分かったわよ」と言って美知の自信を取り戻そうと努めている。それはほとんど無意識的というか、一連の流れのように感じられる。
「はい」
と少しだけ自信を取り戻した美知の声が携帯から聞こえる。この声も何度も聞いた。これを聞くと、全てが美知の思い通りに進んでいて、私が彼女を勇気付けているのではなく、最初から彼女に操られているのではないかと思

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長編小説『because』 85

長編小説『because』 85

「いや……」
今の間はそんなつもりじゃなかったのだと美知に言ってあげればいいのに、不思議とその言葉が私の口から出てくる事はなく、「いや……」と言った後、また静かな間が生まれてしまった。きっと、美知は自分が聞いてはいけない事を聞いてしまったのだと不安になっているに違いない。そこまで分かっているのにも関わらず、会話を次に進めれば、いずれ会話は終わり、やっと少し穏やかになった心が、また暴れだすのではない

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長編小説『because』 82

長編小説『because』 82

「ああ……なんでだっけな」
その理由を思い出すようにか、それともとぼけようとしているのか、彼は自分の頭を掻きむしっている。
「そんな事憶えていないよ。ただ、見た時にいいと思ったんだ」
「それが理由なの?直感的にいいと思ったって事?」
「直感的……まあ、そんな所だと思う。それじゃ答えになってないかな?」
「いえ、別にいいの。分かった」
窓の外から明るい光りが嫌という程入り込んでいるというのに、部屋の

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長編小説『because』 81

長編小説『because』 81

 私は彼の胸に頭を預けたまま聞いた。日曜日の昼下がり、彼がどこかから帰ってきた後の事だ。
「あの湯呑みあるじゃない?」
「ここに来る時に買ったやつ?」
「そう」
「それがどうかしたの?」
「なんで、あれを買ったの?」
「え、なんで?」
「うん。なんで?」
「なんでって言われても……気に入ったからだよ」
「気に入ったの?」
「うん。そうだよ」
「なんで気に入ったのよ?」
彼の言葉が止み、視線は自分の

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長編小説『because』 80

長編小説『because』 80

素直に嬉しかった。たとえそれが彼から出た嘘の言葉だったとしても、私はその言葉を純粋に喜ぶ事ができた。その時はそれでよかったんだ。それに彼がそう言った言葉は嘘なんかじゃなくて、本心だった事も後になって私は知る事ができた。私に笑っていて欲しいのではなくて、私は笑っていればよかったのだ。彼はそれ以上の事を私に求めていなかったし、求めようとする気持ちもない。それは酷く冷たいあしらい方だった事に、この時は気

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長編小説『because』 79

長編小説『because』 79

「涙止まった?」
「ううん、止まらない」
もう随分前から止まっている涙に嘘をついた。涙を流し続ければ、彼はこうして私を抱いていてくれるし、涙が止まってしまえば、彼は確実に私から離れてしまう気がしたから。
「しょうがないな」
「うん、しょうがないの」
彼は私の背中に回した手に少しだけ力を入れ、それに応えるように私も少しだけ力を入れた。
「沙苗さんは笑っていなきゃ、ダメだよ」
彼は私の耳元で、息を吐く

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長編小説『because』 77

長編小説『because』 77

どういった意味の答えなのか分からない私はその言葉に喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からずただ呆然と立ち尽くしたまま、もうすぐ沈んでしまう夕日を眺めていた。

彼に「どういう意味?」と、ただそれだけ聞けばよかったのに、その時の私もやっぱりそんな事できなくて、彼の背中はその時から、そういった雰囲気を私に与え続けていた。

夕日が段々と霞んでいき、いつの間にか私の目からは涙が溢れ始めて、どうして私は泣

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長編小説『because』 76

長編小説『because』 76

 そこには確実に一つの節目があって、そこにラインを引いて、そのラインより現在、それが彼と私が恋人同士であるという証になっている。

「好き」

彼と何度会った時の事だっただろう。私は彼の背中目掛けてその言葉を吐いていた。気付いたら吐き、その後すぐに少し後悔し、そしてまたすぐにその後悔を拭い去ったのだった。彼は振り向いて私の目を見ていたけど、何も言わなかった。ずっと私の目を捉え、その止まってしまった

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