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長編小説『because』 85

「いや……」
今の間はそんなつもりじゃなかったのだと美知に言ってあげればいいのに、不思議とその言葉が私の口から出てくる事はなく、「いや……」と言った後、また静かな間が生まれてしまった。きっと、美知は自分が聞いてはいけない事を聞いてしまったのだと不安になっているに違いない。そこまで分かっているのにも関わらず、会話を次に進めれば、いずれ会話は終わり、やっと少し穏やかになった心が、また暴れだすのではないかと不安になってしまう。だから、私は何も言えなくなっているのだろうか。

「今日、忙しいですか?」


間に耐え切れずに、美知は私にそう問いかけた。あまりにも急な話の移り変わりに今度は付いていけず、困惑したまま反射的に「うん」と私は言ってしまった。
「じゃあ、今から会えませんか?」
「え、今から?」
「はい。今から」
「だって、あなた仕事でしょう?」
「今日は、早退したんです」
「は?なんで?」
「ちょっと気分が悪くなって……」
「気分が悪いなら、家に帰って休みなさいよ」
「はい……そうなんですけど」
元々自信のない声が、より自信をなくしていた。声という代物でもない声で、空気と同化してしまったと勘違いしてしまうくらい、弱く、はっきりとしない声だった。そんな声を聞いてしまうと、私は決まって
「分かったわよ」
と美知に言っているのだ。

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