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長編小説『because』 88

「あのな、結局誰もいなかったんだよ」
でんぱちは、ここまでの経緯を美知に話し
「……そうなんですか」
と、美知は答えた。露骨に私の悲しみを少しでも背負おうとしているその様は嫌みではなく、私は純粋に彼女の優しさだと受け止めている。
 どこにでもあるような店内の広いレストランで、誰一人としてお腹を空かせていなかった三人は、アイスコーヒーとウーロン茶とチャイだけを頼み、店員の少しきつめな視線を無視する事に徹しながらも、やはりでんぱちと美知は楽しそうに話していた。私一人だけはどうしてか、蚊帳の外にいて、遠巻きに二人の会話を聞くというよりも、眺めるといった感情を抱いたままで。

 こんなによく喋る美知を見るのは初めてで、ただ彼女のそういう一面が見られただけでもここに来た意味があるような気がしていた。彼女の温度のない雰囲気や、どの世界を見ているのか分からない目はそのままだったけど、様々な方向から糸でも引っ張られているみたいに、口だけは随分とよく動き、口が動けば声が出ている。対面に座っているでんぱちだって、私と話しているときよりも随分と楽しげに、しかも私になんて一度も見せる事のなかった笑顔まで披露しているくらいだった。私と言えば、やっぱりずっと遠くでそれらをなんとなく眺めていて、二人はこんなに近くにいるはずなのに、何を話しているのかなんて分からないまま、たまに相槌をうち、愛想とも言えない笑みをたまに見せている。

「あの……こんな事を言うのは、良くないのかもしれませんけど……」
また美知は私の方を向いた。私はそれに応えるように美知の顔を見て、少しだけ笑った。

「何?」
「もしかしたら、もう……」
「諦めた方がいい?」
「いえ……そう言う訳じゃ……」
「いいの。言って」
「あの……なんて言うか……」
「大丈夫だから、言ってみて」
「その彼ってもしかして、最初からいないんじゃないですか?」

店内はこんなにも賑やかなのに、時間が止まってしまったみたい。静かな空間が私たちを取り巻いて、いつしか美知の二つの目だけが私に向けられている。でんぱちはもうどこにもいなかった。

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