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長編小説『because』 82

「ああ……なんでだっけな」
その理由を思い出すようにか、それともとぼけようとしているのか、彼は自分の頭を掻きむしっている。
「そんな事憶えていないよ。ただ、見た時にいいと思ったんだ」
「それが理由なの?直感的にいいと思ったって事?」
「直感的……まあ、そんな所だと思う。それじゃ答えになってないかな?」
「いえ、別にいいの。分かった」
窓の外から明るい光りが嫌という程入り込んでいるというのに、部屋の空気が重く感じられた。いや、彼はそんな事感じていないかもしれない。部屋の空気ではなく、私の心が重いだけなのかもしれない。
「もう一つ聞いていい?」
彼は少し体を震わせた。まるで、私の言葉に脅えているかのように「なに?」とあまりにも弱い声で返してきた。
「なんで私と付き合っているの?」
私がそう聞いてから、五分は部屋に言葉が投げられる事がなかった。私も彼も口を噤んだまま、何かきっかけになる言葉を無言のまま探していたのかもしれない。その五分の間、彼は元々私のストーカーだった事を思い出していた。今の今までその記憶がすっぽりと抜けてしまっていた事に気付き、少しだけ驚いた。私たちの心の関係はいつからか逆転してしまっていたようで、元々私を彼が追いかけていたはずなのに、あまりにも自然な流れの中で、私が彼を追いかけるようになってしまっている。だからこそ私は彼に今のような言葉を投げているのだけれど、ここで彼が言葉を詰まらせてしまう理由は全く分からなかった。何を躊躇しているのだろうか、何に怯え、どんな言葉の選択肢を眺めながら、迷いを巡らせているのだろうか。

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