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長編小説『because』 89

 バタンと音をたてて閉めたドアの向こう側に彼の温度をじんわりと感じていた。「あなたが」と言ったその後の彼の言葉はそのドアの音に掻き消されてしまったけど、その先の言葉は聞く必要もなく、容易に予想のできる事だった。

 好き。彼はきっとそう言ったのだろう。しかし、彼は私の何を見て好きになったのだろうか。彼はいつどこで私を見つけたのだろうか。

 結果、彼が私の事をなぜか好きになり、今こうして家まで押しかけてくる事実だけを受け止め、私は少し迷惑に感じながらも、この状況を少しだけ受け入れようとしている、その事実だけを呑み込めばいい。ドアの前で靴も脱がずに、自分に何度もそう言い聞かせていた。それでもやっぱり靴を脱ぐ気になれなかった。いつまでたってもそういった気になりそうにない。靴を脱いで、お風呂にお湯をはって、誰も見ないのに無駄にテレビをつければいい。

 それがいつも通り、いつも私はそうしているのに、今日に限ってそれらを行う気力が全く湧いてこない。全て彼のせいで、彼が原因で、そこに引っかかっているのは、彼がどのようにして私を見つけたのか、彼がどうして私を好きになったのか、彼はどうして私の前に現れたのか。そういった私にとっての彼の事柄であった。

 でも、もしそれが分かったとしたら、その後私はどういう行動を取るのだろう。私は彼が好きなのだろうか?いきなり現れたストーカーの男性の事を私は好きになってしまったのだろうか。いくらなんでもそれはあり得ないと、また自分に言い聞かせていた。自分のストーカーを好きになるなんて、あり得てはいけないと、今となっては自分の理性が邪魔に感じる。

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