藤井夕映

Fujii Yue/ 日々のよもやま話を書いています

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最近の記事

1週間に一度は「家から一歩も出ない日」を作りたい

こうしてひとり親で仕事をしていると、休みの日であっても生活に必要な買い出しや用足し、自分や子どもの病院通いなど、タスクはわりとひっきりなしにやってくる。 土日祝日が休みであれば多少子どもと共にゆっくりできる機会もあるのかもしれないが、なにせシフト制で休みが不定期のため、うかうかしていると丸2週間ほど連続で休みなく外出せざるを得ないことにもなる。 もともとインドア派で、家でのんびりマイペースに過ごすのが好きなため、これが結構地味にきつい。外出が続くとどうしても家事が溜まりが

    • 「正しさ」で人を傷つけないように

      正しいことを言う人がいる。 自分は当事者ではないからこそ言える正しさで、人を傷つける人がいる。 その不安定な情熱と不確かな正しさが人を追いやることに気づかずに、まっすぐな目で人を傷つける人がいる。 そして、その正しさを前に何も言えることはなく、ただ順を追って説明すればよいことでさえその圧力により混乱し、喉がつまる人がいる。 わずかに息があったはずの声にならない声も、音になる手前で正しさにかき消され、いつしか力を失い痛みとなって喉に張りつく。 確かにある思いを、考えを、

      • 「どうせ私は選ばれない」から「選ぶのは私です」へ

        かつて、選ばれないことがあった。 その傷あとをどうやらまだ大切に守っているようで、ふと気づくと「また私は選ばれなかった」という現実を作り出しているように思う。 だけどこれ、本当はもう要らないんだよなあ。もう、充分なんです。 選ばれることだけに心を染めるのではなくて、私自身が責任を持って選んでいくことにそろそろ本腰を入れていきなさいよと、星になったおばあちゃんが言ってるのかもしれないなあ。 人生って不思議で、以前は苦もなく曇りもなく当然のようにできていたことが、こんなふ

        • 抜け出さなくてもいいような日常がいい

          抜け出したい気持ちなら、桜が咲く頃だけじゃなくていつも持ってる。 こんな夜はとくに。行くあてはなくても。 でもせっかくなら、どこかへ抜け出さなくてもいいような日常がいい。 そのくらい、日常に浸かって満足してみたい。 心の底からしあわせって、ありがとうって、言ってみたい。 どうしてだろうか、ないものにばかり目がいって、また繰り返している。 遠くにあるんじゃなくて、私のなかに。心の奥に。 この暮らしのなかに。

          「もう大丈夫」って言われたら、確かに泣いちゃうね

          いろいろなことがあった。 でも、そこでやめなかった。 そして今、こうして生きている。 ただの大丈夫じゃなくて「もう大丈夫」なのは、 「(これまでの諸々を経てやっとここまで来た、こうなった今ここから先は)もう大丈夫」という意味であって、 そこには「今まで」と「今」、そして「これから先の未来」のすべての時間軸を含んでいるから。 そのすべてを肯定してくれるから、泣いちゃうんだと思う。

          「もう大丈夫」って言われたら、確かに泣いちゃうね

          現実を拡張して生きる

          平日の休みの朝はいつも、息子を送り出してからもう一度寝たい。 けれども息子はまだ小学生なもので、うっかりしているとあっという間に「ただいまー」と帰ってくる。月間の予定表に時折散りばめられている「短縮○時間授業」なるものが訪れる場合はなおさらだ。だからこそ、自宅で1人過ごす時間はまだまだ大変貴重である。 そういう時に私は、「現実を拡張する」と決めている。そう、自分がもう一度眠るその間に有能なハウスキーパーが働いてくれるかのごとく、自動化でき得るあらゆる家事を自動化し、目を覚

          現実を拡張して生きる

          6月/紫陽花の季節になると思い出すこと

          ふと気づけばまた1つ季節が進み、紫陽花の季節になっていたので、6月に生まれ、そして6月に旅立っていった彼の話でもしてみようか。 私と彼は、幼稚園からの幼馴染みだった。幼い頃から10年ほど、私はずっと彼に恋をしていた。あいにく終始片思いだったけれど、あまりに彼が素敵だったのでなにもつらくはなかった。今も昔も変わらず内向的だった私は、颯爽と吹き抜ける陽気な風のような彼を通して、世界の広さと人間の誠実さを1つずつ知っていった。 彼は少し小柄で、特徴のある少しかすれた声を持つ、い

          6月/紫陽花の季節になると思い出すこと

          子どもの夜驚症と親側のメンタルケアについて

          我が家の息子は、おそらく夜驚症。発熱のときはもちろん、就寝中の暑さや寒さといった体感温度によるストレスがきっかけで発症する。 息子の他に育児経験がないため、なるほどこどもはこんなものかなのかと思っていたこともあり、これまでとくになんとも思ってこなかったが、最近はどうやらこれが夜驚症というものらしいということが分かってきたため、そしてそれは成長するにしたがって次第に影を潜める類のものであるらしいことが分かってきたため、備忘のために記録する。 はじめに、夜驚症とは何かというと

          子どもの夜驚症と親側のメンタルケアについて

          時間はなぜ戻らないのか、という問いについての根拠のない仮説

          「時間はどうして巻き戻せないのか?」と子どもに聞かれたことがある。考えてみれば確かに不思議な話で、どうせなら可逆的であっても良さそうな気もする。 こういうとき、わりとすぐに調べてしまうのだけど、この時はふと調べる前に少し自分でも考えてみようと思った。なぜかは分からない。5月だからかな。 さて、何かが一方向に進む時、それはその物体に対して「なんらかの力」が働いている。例えばボールが地面に向かって落ちるとき、地球の重力によって地面に引っ張られる力が働くことでボールは落ちる。

          時間はなぜ戻らないのか、という問いについての根拠のない仮説

          今なら戻れる、気がするお肉の話

          30を過ぎて数年が経ち、ここ最近明らかに体質が変わってきたのを感じている。体質というより、体のフォルムと言った方が正しいだろうか。 それまでとの生活スタイルにさほど変化はないものの、何と言っても腰回りと下腹の肉付きが明らかに増えた。これはおかしい。体重の変化もさほどないにも関わらず、見た目の体のフォルムが変わってきている。肉づきが、より下へ、下へと。

          ¥300

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          子どもと旅するときに大切にしていること

          これまで息子と一緒に旅した場所を数えてみる。 北から順に、北海道、青森、秋田、山形、新潟、熱海、奈良、出雲、山口、種子島、石垣島。こんな感じかな? とにかく私が旅が好き。飛行機に乗るのも好き。というか空港が好き。陸路ももちろん素敵だけど、空港のあの希望と自由が入り混じったような雰囲気がすごく好き。空港に行くと、なぜか身体中の細胞が息を吹き返したような気持ちになる。 旅先ではもちろん、観光がメインではあるけど、私は地味にその土地ならではの植生が好き。緯度の違いによって、植生

          子どもと旅するときに大切にしていること

          草間彌生と甲本ヒロトに生きる力をもらった話

          あれはどっちが先だったんだろう。あんまりよく覚えていないんだけど、これまで私が「芸術」を前にして泣いたのは、草間彌生の作品を前にした時と、ふとつけたテレビで甲本ヒロトが歌う姿を目にした時だった。 芸術作品を前にして泣いた、なんていうと、なんだか「純真な心を持った感動屋さんなんです、私」とアピールしているようにも聞こえるかもしれないが、おそらくそういう話ではなくて、どちらかというと「"普通"に振る舞うことに疲れた人間」の心の底にかろうじて残っていた「生きる力」みたいなものに、

          草間彌生と甲本ヒロトに生きる力をもらった話

          孤独を飼いならした先に

          「万有引力とは 引き合う 孤独の力である」 谷川さんの、私がとても好きなフレーズ。 「宇宙はひずんでいる それゆえみんなは 求めあう」 本当に、きっと、その通りなんだろう。心の奥底でそう響く。 私たちには「心」という質量があるから、何がどうしても重力が発生するんだ。 まっすぐ進んでいるつもりでも、時空自体が曲がっているから仕方ない。 そのカーブに沿って、一番安定する軌道に落ち着いて進むだけなんだ。 自然にしたがって、まっすぐ在るだけで、いいんだ。 変に力まなくても

          孤独を飼いならした先に

          この世で一番哀しい恋ってなんだと思う?

          複雑な恋模様はいろいろ、結構わりとあるものだけど、自分も当事者になってみて思うのは、ここ最近はなかでもひとりで子どもを育てている人の恋はどうしても、どう見ようとも複雑で、やはり悲哀あるものになるような気がしている。しかもその相手が年下なら、なおさら。 なぜなら、そもそもひとり親として生きている以上、自分と相手の人生だけでなく、どこかで必ず子どもの人生も織り交ぜる必要があって、かつ相手が年下だとどうしても人生経験的なものの差により言葉を尽くして説明しないと取り返しのつかないす

          この世で一番哀しい恋ってなんだと思う?

          青天井のクラウンー豊かな哀しみと、哀しみのなかにある光

          子どもの頃に聴いて、今も鮮やかに記憶に残っている歌がある。NHK「みんなのうた」で流れていた、「青天井のクラウン」という歌。ご存知の方もいるだろうか。 出だしが「道化師は踊る」という歌詞になっているので、いつも「道化師のソネット」と混同してしまうんだけど、楽曲名は「青天井のクラウン」なんですよね。 明らかにただ者ではないような、この世界の酸いも甘いも幼い頃から見つめてきたような特徴的な男性の声と歌い方で、明るさと哀しみが混在する、骨のある、それでいて琴線に触れるようなメロ

          青天井のクラウンー豊かな哀しみと、哀しみのなかにある光

          2022年に買って良かったもの・3つ

          もうすぐ2022年が終わるなあと思い、今年はどんな1年だったかを振り返るにあたって我が家の生活に導入して良かったものを思い出してみることにした。とりあえず3つくらい。 1つ目は、食洗機。我が家は賃貸なのでタンク式のものを導入したのですが、これはもう言わずもがな、とても素晴らしい仕事をしてくれています。 家事全般、別に嫌いというわけではないんだけど、朝起きて、日々フルタイムで仕事をして、帰宅後に息子のお風呂、夕飯を作り、済ませてから宿題の面倒をみて、明日までに持っていくもの

          2022年に買って良かったもの・3つ