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青天井のクラウンー豊かな哀しみと、哀しみのなかにある光
子どもの頃に聴いて、今も鮮やかに記憶に残っている歌がある。NHK「みんなのうた」で流れていた、「青天井のクラウン」という歌。ご存知の方もいるだろうか。
出だしが「道化師は踊る」という歌詞になっているので、いつも「道化師のソネット」と混同してしまうんだけど、楽曲名は「青天井のクラウン」なんですよね。
明らかにただ者ではないような、この世界の酸いも甘いも幼い頃から見つめてきたような特徴的な男性の声と歌い方で、明るさと哀しみが混在する、骨のある、それでいて琴線に触れるようなメロディーで、
全体的に湿度の低い、乾いたようなカラッとした音が鳴っていて、力づよく色鮮やかな手書きの、絵の具で描かれたようなイラストがなんとも言えない「あやしさ」を醸し出していて、
それが流れると子どもながらに惹きつけられ、目を離せなかったことをよく覚えている。
この曲の世界観の何がそれほど私の心にヒットしたんだろうと考えているんだけど、いまいちまだ人生経験が浅いのか、ただなんとなく疲れているのか上手く言語化できない。だけど確実に私の人生の深いところで共鳴している、大切な楽曲の1つ。
もしかしたらだけど、「道化師」って、基本的に哀しいんじゃないかと思っている。どんな時も、自分がおどけることで人を笑わせる。自分の尊厳は二の次で、むしろ自分の尊厳なんてあってないようなもので、道化師でいるその瞬間は他者のためだけに存在する。
自分の心模様がどうあろうと、何を言われようと、笑いものにされ蔑まれようと、おどける。おどけることで、生きていく。いや、おどけることでしか生きていけなかったのかもしれない。そんな時代も事実、本当にあったんだろう。道化師の後ろ暗い歴史を知るほどに、息が詰まり、心の底から眉をひそめるような嫌な思いになる。
それでも私が感じるのは、たとえ魂がガラクタだったとしても、その「魂」がここに存在していることは確かなんだということ、そしてその確かな「魂」の表現に心震える誰かもまた存在していて、それはいつしか光の輪になっていく。
そしてそれは通りいっぺんの哀しみではなく、生きることそのものが併せ持つ豊かな哀しみが凝縮されたものなのかもしれない。…と思いたくなるような、彼らのなんとも言えないひたむきさと健気さに、心が突き動かされるような感覚を覚えているのかもしれない。
終始、結局救いがあるのかどうかは明確に描かれているわけではないんだけど、この歌に私はなぜかどこか光を感じていて、どうにか彼らを救いたいような、あるいはもしかしたら私自身もある意味道化師なのかもしれないと思わされるような、そんななんだか見透かされたような気持ちになる。
そしてたぶん本当の哀しみは、乗り越えられるような類のものではなくて、背負っていくしかないんだと、この哀しみから目を逸らすなと言われているような、そんな気持ちになる。
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![藤井夕映](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/22845497/profile_d6fa4bf2715ab1e4007d66b09da0a58c.png?width=600&crop=1:1,smart)