中高生の読解力の実態を伝え、世間に衝撃を与えた一冊
こんにちは!代ゼミ教育総研note、編集チームです。
人気連載の「代ゼミと考える読解力」。
今回は、代ゼミきっての読書家であり、国語力育成チームの一員でもあるHさんに、「読解力」の危機的状況を世間へ知らしめた書籍を紹介してもらいます。
こんにちは。
今回は、私が現在の仕事に携わるきっかけとなった書籍について振り返ってみようと思います。少々前置きが長くなりますが、おつきあいくだされば幸甚です。
子どもたちの読解力が危ういのではと、その危機感が一般社会にも認識されるようになったのはいつ頃からでしょうか。あくまでも個人的な感覚ですが、それは2003年のいわゆる「PISAショック」がきっかけだったと思われます。このニュースが新聞の1面を飾り、「読解力」というキーワードが教育現場以外の人々の口の端にも上るようになったと記憶しています。
まずはPISAについて確認しておきましょう。
PISAショックとは?
PISAとは、経済協力開発機構(OECD)が実施する学習到達度調査で、15歳を対象に3年ごとに行われます。「読解力」「数学的応用力」「科学的応用力」の3つの分野で、義務教育で習得した技能・知識を実生活で利活用する力を測定します。直近の2022年は世界81ヶ国・地域が参加しています(コロナ禍の影響で1年延期されての実施でした)。
PISAにおける「読解力」とは、国語の学力の枠を超え、社会生活に必要な言語能力を表し、学びの礎となる力といってもいいでしょう。
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日本は、2003年の調査で「読解力」が前回の8位から14位(全参加国・地域での順位:以下同)に大きく順位を下げました。これが「PISAショック」です。文部科学省が脱ゆとり教育に大きく舵を切る契機にもなった出来事でした。
その後は順調に順位を回復し、2012年には過去最高の4位と好成績でした。ところが、2018年の調査で過去最低の15位に再び落ち込みます。
やや短絡的かと思われますが、SNSの普及で長文離れが進んだことが要因だと考えられました。ただし、2015年の調査からCBT(パソコンで入力する回答方式)に変更された点は無視できないでしょう。当時の日本ではICT(情報通信技術)を利用した授業がまだ少なく、入力に手間取る生徒が多かったと想像できるからです。
その後、全国の小中学校に1人1台の学習用端末を配付するGIGAスクール構想が急ピッチで進み、2022年の調査ではほぼすべての生徒がパソコンの利用に慣れていたと思われます。また、授業改善の成果でしょうか、2022年の日本の「読解力」は3位に浮上しました(ちなみにOECD加盟37ヶ国での順位は2位)。
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『AI vs.教科書が読めない子どもたち』
再度のPISAショックを予見するかのように、2018年、新井紀子先生の『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)が出版されました。たちまち重版され、当時の本のオビを見ると、ITや教育関係者、子どもの保護者を中心に反響が大きかったようです。
冒頭、近年ちまたに溢れる「AIが人類を滅ぼす」、「シンギュラリティが到来する」という噂を否定します。
AI(=コンピューター)は計算機であって、計算機は計算しかできない。AIが意思を持ち、自己生存のために人類を攻撃するという考えが妄想に過ぎないことを断言します。
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本書が出る数年前に、イギリスのオックスフォード大学の研究者が、10~20年後にはアメリカの雇用の約半数がAIによって自動化され、労働者の多数が失業するという論文を発表しました。それが火種となり、AIが人間の仕事を奪うという危機感が世界的に拡がったのでしょう。
そのニュースを耳にした時は、短絡的だなぁと思った記憶があります。AIに代替され得る職種リストを見ても自分ごとと考えられず、私自身、危機意識が薄かったということもあり、当然ながら(!?)読解力と結びつけて考えることなどないお気楽さでした。
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シンギュラリティは来ない、AIが人間の仕事をすべて奪ってしまう未来は訪れないから安心してね――と、新井先生は言っているわけではありません。現在の人間の仕事の多くがAIに代替される社会がすぐそこに迫っていることを認めたうえで、さらにAIが人間の強力なライバルになる可能性はあると警鐘を鳴らしているのです。
多くの仕事がAIに代替されても、新たな労働需要が生まれる可能性はあります。しかし、それがAIで失職した勤労者の仕事になるとは限りません。AIには対処できない新しい仕事に転職できる能力を持たなければ、失業したままになってしまいます。
これからの時代に求められる能力
では、どのような能力が求められているのでしょうか。
オックスフォード大学の研究チームが予測した20年後にも残る仕事の共通点は、AIが不得意な分野と合致しています。コミュニケーションが欠かせない、高度な読解力と常識、人間らしい柔軟な判断が要求される分野がAIの代替できない仕事として紹介されています。
AIは単語の記憶、正確な計算という点では人間を凌駕します。一方で、書かれてあることの意味を理解することはできません。要するに、AIは柔軟な判断力やフレームに囚われない発想力を発揮するための読解力や常識を持ち合わせていないのです。これこそ人間がAIに仕事を奪われないための強力な武器です。
日本の中高生の現状
読解力について新井先生が実施した調査(後述するリーディングスキルテスト)で浮き彫りになったのは、驚愕すべき実態でした。
日本の中高生の多くは、英単語や歴史年表などの表層的な知識は豊富である一方、中学校の教科書レベルの文章を正確に理解できていないというのです。
おやっ。これってAIと変わらないのでは? しかもその相似形はAIの方がはるかに大きい。日本一のクイズ王だって、知識量ではAIに敵うはずはないのですから。
「だけど中高生の話でしょ」と安心してはいけないと新井先生は畳み掛けます。読解力という素養はほとんど高校卒業までに獲得され、大人になってから飛躍的に向上するケースは稀だというのです。日本の教育体系は時代を経ても大枠では変わっていないので、多くの日本人の読解力もまた危機的状況だと言っても過言ではないと。
読解力がないAIには対処できない新しい仕事があっても、人間にとっても苦手な仕事となれば、確かに失業者がその仕事に就くのは難しいでしょう。
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リーディングスキルテスト(RST)
教科書の記述は、誰もが読めば意味を理解できることを前提にして授業が進められています。新井先生は、これまで誰も疑いを抱かなかったこの前提に疑問を持ち、中高生の基礎的読解力の調査に乗り出したのです。
その調査方法として開発されたのがリーディングスキルテスト(RST)です。
RSTは次の6つの分野で構成されています。
このうち、〈係り受け解析〉はAIの正解率が80%を超えます。〈照応解決〉は急速に研究が進んでいますが、〈同義文判定〉はAIにはまだ難しい分野です。〈推論〉〈イメージ同定〉〈具体例同定〉については、意味を理解しないAIにはまったく歯が立ちません。
問題文は教科書や新聞を題材にして作成されました。テストはパソコンやタブレットで実施するCBT方式です。全員が同時に同じ問題を解くのではなく、解答すると個別に機械がランダムに次の問題を出題します。
詳細は割愛しますが、本書にはこの調査で判明したことがまとめられています。新井先生はその結果を踏まえ、子どもたちが中学校を卒業するまでに教科書をちゃんと読めるようにしないと、日本の将来はとんでもないことになると憂慮しています。
AIが現在ある仕事の半分を代替する時代が間近に迫っている。これが何を意味するのか、社会全体で真摯に考えましょうと一石を投じているのです。その足がかりとして、中高生の読解力の実態を広く社会に伝えるために著された一冊です。
読解力と両輪をなして求められる能力
中高生の読解力が低下しているのでは? という想いは、私も漠然と抱いていましたが、本書で具体的な数字を突きつけられ、衝撃でした。教科書を読めないせいで――読めば理解できるはずという思い込みのために、手を打たれることなく放置されたままのせいで――将来への選択肢の幅を狭めてしまうのは残念なことだなと思いました。
また、読解力というと、字面から「読む」ことにフォーカスされがちですが、実はアウトプットも重要なのではないかとの想いを強くしました。つまり、認識という抽象的な概念レベルから言語レベルに昇華させることが大切であり、理解を深める手助けになるということです。
【代ゼミと考える読解力#1】の最後の方でも触れましたが、「書く」(表現する)ことが読解力を養うことにもなるはずです。慣れないうちは理路整然としていなくても構いません。中高生だと的確に表現できる語彙も少ないでしょうから、できるなら辞書を引きながら近似的な表現をしてみるといいのではないでしょうか。そうしているうち、読み解くために必要な語彙も増やせるでしょう。
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『AIに負けない子どもを育てる』
続編として『AIに負けない子どもを育てる』(東洋経済新報社)が上梓されました。
本書では、RSTで測定する力を「基礎的・汎用的読解力」とアップデートし、最新の研究結果報告と併せ、紙上授業にもかなりページを割き、読解力向上のために、保護者、学校、個人ができることを提言しています。小中学校で実際に成果をあげている取組みについても紹介されています。大人になってから読解力が向上した事例にも言及しています。
そして、これから
社会情勢はマイナーチェンジを繰り返し、少しずつその姿形を変化させています。分野によっては、飛躍的に変化する場合もあるでしょう。AIに関しては日進月歩著しい分野ですが、ChatGPTの登場はひとつの“事件”だったといえるでしょう。創作の領域にまでAIが踏み込んできたかと驚愕された方もいらしたのではないでしょうか。
とはいえ、そこはやはり計算機。入力条件に応じて膨大なデータを参照し、 “それらしい”言葉や文脈を並べて提示するにとどまるようです。ただし、著作権問題や学生のレポート作成にどこまで規制をかけるか等々、議論の余地はあるようですね。
改めて思うのは、AIと人間の対立構造ではなく、どう共存していくのか――人間がAIをどう使いこなしていくのかということです。
ChatGPTにしても、例えば自分があまり詳しくない分野の文章を書かなければならない時、できるだけ詳細な条件を入力してベースを作ってもらうのは有効な手立てでしょう。そこから内容の真偽を検証し、類例などを収集、その分野について理解を深めたらさらに敷衍させたトピック等を調べ、質の高い文章に仕上げていく――。このステップはAIには(少なくとも現状では)踏むことのできない、読解力を駆使する人間の真骨頂でしょう。
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この2冊が出版されてからやや時間が経過しています。長足の進歩を遂げるAIに対峙し、その後、読解力向上のために実施されている取組みの事例や新たな提言など、最新の研究成果を伝える新刊の登場を心待ちにしています。
ご縁がありましたらまたお会いしましょう。
代ゼミでは、リーディングスキルテスト(RST)の個人受検を年2回実施しています。詳細は下記URLよりご確認ください。
なお、学校、自治体(教育委員会)、企業など、団体受検については「(一社)教育のための科学研究所」(https://www.s4e.jp/ )へのお申込みになります。
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