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行列計算を使わない線形代数

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行列計算を使わない線形代数 #0

大学の初年度で学習する線形代数は、冒頭から連立方程式などを扱うためなのか、数学の初歩だと思われています。実際に演習で行うのも、行列の変形や連立方程式、行列式の計算、固有値・対角化の計算などと、どちらかというと計算中心になっています。大学のテキストもそのような構成になっているものがほとんどです。 しかし、線形代数は計算中心の応用数学ではありません。 いまの形で整備されたのは20世紀前半のことであり、線形代数は数学の中でも比較的新しい領域です。そのため代数だけではなく、関数解

行列計算を使わない線形代数 #1 〜 ベクトル空間とは

ベクトル空間とは$${K=\mathbb{R}}$$もしくは$${K=\mathbb{C}}$$とする ■定義1.1(ベクトル空間) 集合$${V}$$が$${K}$$-ベクトル空間であるとは、写像$${P:V\times V\to V}$$と$${S:K\times V\to V}$$が存在して、任意の$${u,v,w\in V}$$と任意の$${\alpha, \beta\in K}$$に対して以下を満たすときにいう: $${P(u,P(v, w)) = P(P(u

行列計算を使わない線形代数 #2 〜 ベクトルの一次独立・基底・次元

■定義2.1(ベクトルの線形結合) $${v_1, \cdots, v_k}$$を$${K}$$-ベクトル空間$${V}$$の$${k}$$個のベクトルとし、$${c_1, \cdots, c_k\in K}$$とする。これらを使って、スカラー倍と和で定義されるベクトル $$ c_1 v_1 + \cdots + c_k v_k $$ を$${v_1, \cdots, v_k}$$の線形結合と呼ぶ。 ■定義2.2 $${X}$$をベクトル空間$${V}$$の部分集合

行列計算を使わない線形代数 #3 〜 ベクトル空間の基底とその変換

$${V}$$を$${n}$$次元ベクトル空間、$${\{e_1,\cdots,e_n\}}$$をその基底であるとする。 いま$${v\in V}$$を基底$${\{e_1, \cdots, e_n\}}$$の線形結合$${v=\alpha_1 e_1 + \cdots + \alpha_n e_n}$$と書いたとき、$${\alpha_1, \cdots, \alpha_n}$$をその基底に関する成分と呼ぶ。成分を縦に並べた数ベクトル $$ \bm{a} = \begi

行列計算を使わない線形代数 #4 〜 線形写像(その1) 線形写像の定義と次元定理

■定義4.1(線形写像) $${V,W}$$を$${K}$$-ベクトル空間とする。写像$${\varphi : V \to W}$$が線形写像であるとは、任意の$${v_1, v_2\in V}$$と$${\alpha_1, \alpha_2\in K}$$に対して、 $$ \varphi( \alpha_1 v_1 + \alpha_2 v_2 ) = \alpha_1 \varphi(v_1) + \alpha_2 \varphi(v_2) $$ が成り立つときにい

行列計算を使わない線形代数 #5 〜 線形写像(その2) 双対空間

■定義5.1(再掲) $${V,W}$$を$${K}$$-ベクトル空間とする。$${V}$$から$${W}$$への線形写像全体の集合を$${\mathrm{Hom}(V,W)}$$と表す。特に、$${V=W}$$のとき、$${ \mathrm{Hom}(V) := \mathrm{Hom}(V, V) }$$と表す。 ■命題5.2 $${\varphi, \phi\in\mathrm{Hom}(V,W)}$$、$${\alpha\in K}$$に対して、その和$${\v

行列計算を使わない線形代数 #6 〜 おまけ(ベクトル空間の引き算としてのK群入門)

$${K=\mathbb{R}}$$または$${K=\mathbb{C}}$$とします。 $${V,W}$$を$${K}$$-ベクトル空間とします。$${V}$$と$${W}$$の「和」は、直和$${V\oplus W}$$として定義できます。ここで、直和を復習しておきましょう。直積$${V\times W = \{(v,w) \,|\, v\in V, w\in W\}}$$に和とスカラー倍を以下のように定義します: $$ (v,w) + (v',w') = (v+v'

行列計算を使わない線形代数 #7 〜 おまけ(ベクトル空間の具体例:線形常微分方程式の解空間)

$${\mathbb{R}^n}$$を$${n}$$次元数ベクトル空間とします。つまり、 $$ \mathbb{R}^{n} = \left\{ \bm{x}=\begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n\end{pmatrix} \Biggm| \,\, x_1, \cdots , x_n \in \mathbb{R}  \right\}.  $$ $${\mathbb{R}}$$上のベクトル値関数$${\bm{f}:\mathbb{R}\t

行列計算を使わない線形代数 #8 〜 線形写像(その3) 線形写像の共役

■定義8.1 $${V}$$を有限次元のベクトル空間とし、$${X}$$を$${V}$$の部分空間であるとする。このとき、$${X}$$の直行空間(annihilator)$${X^\perp}$$を $$ X^\perp := \{ f \in V^* \,\,|\,\, f(x)=0, \,\, \forall x \in X \} $$ で定義する。$${X^\perp}$$は$${V^*}$$の部分空間になる。 ■命題8.2 定義8.1の仮定のもとで、$${

行列計算を使わない線形代数 #9 〜 おまけ:質点系の数理

物理学、とくに古典力学における質点系を考えます。質点とは、体積は持たないが質量は持つという仮想的な力学的な対象をいいます。実際の物体は体積(大きさ・広がり)を持つため、その形状が変化したり、形状が変化しなくてもその物体自体が自転します。そのため、形状の変化や回転も考慮に入れる必要があるのですが、質点系ではそれらを無視して、質点自体の運動のみを考えることができます。 さて、質点系では一般に質点は複数であると仮定します。いま、質点の数を$${N}$$とし、その質点に$${1}$

行列計算を使わない線形代数 #10 〜 線形写像(その3) 固有値・固有空間・最小多項式

■定義10.1 ベクトル空間$${V}$$上の線形写像$${A:V\to V}$$に対して、部分空間$${W}$$が$${A(W)\subset W}$$を満たすとき、$${W}$$を$${A}$$の不変部分空間であるという。 ■命題10.2 $${A:V\to V}$$を$${n}$$次元ベクトル空間$${V}$$上の線形写像とし、$${W}$$を$${A}$$の$${r}$$次元の不変部分空間であるとする。このとき、$${V}$$の基底$${\{e_1,\cdots

行列計算を使わない線形代数 #11 〜 おまけ:線形常微分方程式の解(行列の指数関数とLie群の視点から)

$${n}$$次元ユークリッド空間$${\mathbb{R}^n}$$上の微分方程式 $$ \displaystyle \frac{d\bm{x}}{dt} = A(t) \bm{x}, \quad \bm{x}(0)=\bm{x}_0, \quad \quad \quad (1)  $$ を考えます。ここで、$${A(t) \in \mathbb{R}^{n\times n},t\in\mathbb{R}, }$$は$${n}$$次正方行列の1径数族(one-param

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行列計算を使わない線形代数 #12 〜 線形写像(その5) 対角化・最小多項式・一般固有空間

■定義12.1(再掲:対角化可能) 有限次元ベクトル空間上の線形写像$${A:V\to V}$$の固有空間$${E_\lambda , \lambda\in\sigma(A)}$$が$${V}$$を直和分解するとき、$${A}$$は対角化可能であるという。 ■定理12.2(再掲) 有限次元ベクトル空間上の線形写像$${A}$$が対角化可能であるための必要十分条件は、 $$ \displaystyle  \prod_{\lambda\in\sigma(A)} (A-\l