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行列計算を使わない線形代数 #7 〜 おまけ(ベクトル空間の具体例:線形常微分方程式の解空間)

具体例を書かないできたので、ベクトル空間の例を紹介します。$${\mathbb{R}^{n}}$$や$${\mathbb{C}^{n}}$$だとあまりにも面白くないので、線形微分方程式の解空間を取り上げます。ベクトル空間の例なので、順番的にはもう少し前で書くべきなんですが、おまけなので気にせず書いてます。

$${\mathbb{R}^n}$$を$${n}$$次元数ベクトル空間とします。つまり、

$$
\mathbb{R}^{n} = \left\{ \bm{x}=\begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n\end{pmatrix} \Biggm| \,\, x_1, \cdots , x_n \in \mathbb{R}  \right\}. 
$$

$${\mathbb{R}}$$上のベクトル値関数$${\bm{f}:\mathbb{R}\to\mathbb{R}^n}$$を

$$
\bm{f}(t) = \begin{pmatrix} f_1(t) \\ \vdots \\ f_n(t) \end{pmatrix}, \quad t\in\mathbb{R}
$$

と書いたときに、各成分をなす関数$${f_1,\cdots, f_n}$$が滑らかであるとき、$${\bm{f}}$$も滑らかであるといいます。$${\mathbb{R}}$$から$${\mathbb{R}^n}$$への滑らかな写像の全体を$${C^\infty(\mathbb{R}, \mathbb{R}^n)}$$と書くことにします。この$${C^\infty(\mathbb{R}, \mathbb{R}^n)}$$は写像の和とスカラー倍によってベクトル空間になります。

また、$${n}$$次実正方行列のなす空間を$${\mathbb{R}^{n\times n}}$$と書きます(行列のなす空間の記号はいろいろあると思うのですが、この記法が簡単なのでこれをよく使ってます)。上記と同じように、$${\mathbb{R}}$$上の行列値関数$${A:\mathbb{R} \to \mathbb{R}^{n\times n}}$$を

$$
A(t) = \begin{pmatrix} a_{11}(t) & \cdots & a_{1n}(t) \\ \vdots & & \vdots \\ a_{n1}(t) & \cdots & a_{nn}(t) \end{pmatrix} 
$$

と書いたときに、各関数$${a_{ij},\,\, i,j = 1,\cdots, n,}$$が滑らかなであるとき、$${A:\mathbb{R} \to \mathbb{R}^{n\times n}}$$も滑らかであるといいます。

さて、滑らかな行列値関数$${A: \mathbb{R}\to \mathbb{R}^{n\times n}}$$を一つ固定し、$${\mathbb{R}^n}$$上の微分方程式

$$
\displaystyle
\frac{d\bm{x}}{dt} = A(t) \bm{x} \quad \quad \quad \cdots \quad  (*)
$$

を考えましょう。この方程式は

$$
\displaystyle
D_A \bm{x} := \left( \frac{d}{dt} - A \right) \bm{x} = \bm{0}
$$

とも書き直せます。$${\bm{x}, \bm{x}'}$$がともに微分方程式の解であれば、$${\alpha\bm{x}+\beta\bm{x}' \, (\alpha,\beta\in\mathbb{R})}$$も解になります。実際、$${ D_A (\alpha\bm{x}+\beta\bm{x}') = \alpha D_A\bm{x}+\beta D_A \bm{x}' = \bm{0} }$$になります。つまり、微分方程式(*)の解空間

$$
\mathcal{S} := \{ \bm{x} \in C^\infty(\mathbb{R}, \mathbb{R}^n) \,\, | \,\, D_A\bm{x} = \bm{0} \}. 
$$

は、$${C^\infty(\mathbb{R}, \mathbb{R}^n)}$$の部分空間になることが分かります。

解空間がベクトル空間になることは、$${C^\infty(\mathbb{R}, \mathbb{R}^n)}$$上の線形作用素$${D_A = d/dt -A}$$に対して、$${\mathcal{S} = \mathrm{Ker}(D_A)}$$と書けることからも分かります。

さて、解空間の次元$${\mathcal{S}}$$を考えたいのですが、そこで重要になるのが常微分方程式の解の存在と一意性です。解の存在と一意性について一般的な命題を書くことは控えて、(*)の場合に適用すると

■定理7.1(線形常微分方程式の解の存在と一意性)

任意の$${\bm{x}_0\in\mathbb{R}^n}$$に対して、

$$
\displaystyle
\frac{d\bm{x}(t)}{dt} = A(t)\bm{x}(t), \quad \bm{x}(0)=\bm{x}_0,
$$

を満たす$${\bm{x}\in C^\infty(\mathbb{R}, \mathbb{R}^n)}$$がただ一つ存在する。

解の存在により、$${\mathcal{S}\ne\empty}$$であることが分かります。さらに一意性を使うことで、次元を求めることができます。ポイントは、定理7.1が初期値を定めるごとに解が決まるということです。つまり、解空間は初期値と対応しているのではないかと考えられます。これからそれを証明しましょう。

いま、$${\bm{e}_j\in\mathbb{R}^n, j=1,\cdots,n,}$$を$${j}$$番目が$${1}$$で、それ以外が$${0}$$のベクトルであるとします。そして、

$$
\displaystyle
\left( \frac{d}{dt} - A\right)\bm{u}_j = \bm{0}, \quad \bm{u}_j(0)=\bm{e}_j,
$$

を満たす解を$${\bm{u}_j \in C^\infty(\mathbb{R}, \mathbb{R}^n)}$$とします。この$${\bm{u}_j}$$は定理7.1より存在します。そこで、$${\{\bm{u}_1,\cdots, \bm{u}_n\}}$$が$${\mathcal{S}}$$の基底であることを示します。

$${\bm{u}_1,\cdots, \bm{u}_n}$$の一次独立性は以下のように分かります。$${\alpha_1\bm{u}_1+\cdots+\alpha_n \bm{u}_n = \bm{0}}$$であるとき、$${t=0}$$とすれば、$${\alpha_1\bm{u}_1(0)+\cdots+\alpha_n \bm{u}_n(0) =\alpha_1\bm{e}_1+\cdots+\alpha_n \bm{e}_n =  \bm{0}}$$になる。$${\bm{e}_1,\cdots\bm{e}_n}$$は$${\mathbb{R}^n}$$で一次独立なので、$${\alpha_1=\cdots=\alpha_n=0}$$。

次に、任意の$${x\in\mathcal{S}}$$が$${\bm{u}_1,\cdots, \bm{u}_n}$$の一次結合で書けることを示しましょう。$${\bm{x}(0)=\bm{c}=(c_1,\cdots,c_n)}$$とおき、$${\bm{y}=c_1\bm{u}_1+\cdots+c_n\bm{u}_n}$$を考えます。$${\bm{y}\in\mathcal{S}}$$であり、$${\bm{y}(0)=\bm{c}}$$を満たします。つまり、$${\bm{x}}$$も$${\bm{y}}$$も同じ微分方程式(*)を満たし、かつ初期値が同じです。よって、定理7.1の解の一意性より$${\bm{x}=\bm{y}}$$なので、任意の$${\bm{x}}$$は$${\bm{u}_1,\cdots, \bm{u}_n}$$の一次結合で書けることが分かりました。

■定理7.2

$${\mathrm{dim}\,\mathcal{S} = n.}$$

今回は線形常微分方程式の解空間を考えましたが、線形代数は解空間の枠組を与える一方で、実際に調べるには微分方程式を解析して、解の存在などを導出する必要がありました。また、ここでは常微分方程式であることもあり$${C^\infty}$$で考えましたが、偏微分方程式の場合ではベースになる関数空間を適切に定義する必要もあります。

■演習問題

【1】$${\alpha_1, \cdots, \alpha_k}$$を実数とし、実数列$${\{x_n\}_{n=1,2,\cdots}}$$で$${k}$$項間の漸化式

$$
x_n = \alpha_1 x_{n-1} + \cdots + \alpha_k x_{n-k}, \quad x > k, 
$$

を満たすものの全体を$${X(\alpha_1, \cdots, \alpha_k)}$$とする。このとき、$${X(\alpha_1,\cdots, \alpha_k)}$$は$${k}$$次元のベクトル空間であることを示せ。

<目次>
#0 連載の目的
#1 ベクトル空間とは
#2 ベクトルの一次独立・基底・次元
#3 ベクトル空間の基底とその変換
#4 線形写像(その1)〜定義と次元定理
#5 線形写像(その2)〜双対空間
#6 おまけ〜ベクトル空間の引き算としてのK群入門
#7 おまけ〜ベクトル空間の具体例:線形常微分方程式の解空間
#8 線形写像(その3)〜線形写像の共役
#9 おまけ:質点系の数理
#10 線形写像(その4)〜固有値・固有値・最小多項式
#11 おまけ:線形常微分方程式の解(行列の指数関数とLie群の視点から)
#12 線形写像(その5)〜対角化・最小多項式・一般化固有空間

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