行列計算を使わない線形代数 #5 〜 線形写像(その2) 双対空間
■定義5.1(再掲)
$${V,W}$$を$${K}$$-ベクトル空間とする。$${V}$$から$${W}$$への線形写像全体の集合を$${\mathrm{Hom}(V,W)}$$と表す。特に、$${V=W}$$のとき、$${ \mathrm{Hom}(V) := \mathrm{Hom}(V, V) }$$と表す。
■命題5.2
$${\varphi, \phi\in\mathrm{Hom}(V,W)}$$、$${\alpha\in K}$$に対して、その和$${\varphi+\phi\in\mathrm{Hom}(V,W)}$$とスカラー倍$${\alpha \varphi\in\mathrm{Hom}(V,W)}$$をそれぞれ
$$
(\varphi+\phi)(v) := \varphi(v) + \phi(v) \quad\text{for}\,\, \forall v\in V,
$$
$$
(\alpha \varphi)(v) := \alpha \varphi(v) \quad\text{for}\,\, \forall v\in V,
$$
で定義する。このとき、$${\mathrm{Hom}(V,W)}$$は上記の和とスカラー倍でベクトル空間となる。
■定義5.3(双対空間)
$${K=\mathbb{R}}$$または$${K=\mathbb{C}}$$とする。$${V}$$を$${K}$$-ベクトル空間とする。$${V}$$から$${K}$$への線形写像のなすベクトル空間$${\mathrm{Hom}(V,K)}$$を$${V^*}$$と表し、$${V}$$の双対空間という。
また、$${v\in V}$$と$${f\in V^*}$$のペアリング$${(f,v) \in K}$$を、$${(f,v)=f(v)}$$とする。
■命題5.4(双対基底)
$${V}$$を$${n}$$次元ベクトル空間、$${\{e_1,\cdots,e_n\}}$$をその基底の一つであるとする。$${\hat{e}_j\in V^{*}, j=1,\cdots,n,}$$を基底を用いて、
$$
\displaystyle \hat{e}_{j}( \alpha_1 e_1 + \cdots + \alpha_n e_n ) := \alpha_{j} \in K
$$
で定義すると、$${\{\hat{e}_1,\cdots,\hat{e}_n\}}$$は$${V^*}$$の基底になる。つまり、クロネッカーのデルタ$${\delta_{jk}}$$を用いて、$${\hat{e_j}(e_k)=\delta_{jk}}$$である。よって、
$$
\mathrm{dim} V^{*} = \mathrm{dim} V.
$$
$${\{\hat{e}_1,\cdots,\hat{e}_n\}}$$を$${\{e_1,\cdots,e_n\}}$$の双対基底と呼ぶ。
(証明)$${\{\hat{e}_1,\cdots,\hat{e}_n\}}$$が一次独立であることを示す。$${\alpha_1,\cdots, \alpha_n\in K}$$に対して、$${f:=\alpha_1\hat{e}_1 + \cdots + \alpha_n\hat{e}_n =0}$$であるとする。この$${f}$$に$${e_j, j=1,\cdots, n, }$$を代入すると、$${\hat{e}_j}$$の定義から、
$$
\displaystyle
0 = f(e_j) = \sum_{k=1}^{n} \alpha_k \hat{e}_k(e_j) = \sum_{k=1}^{n} \alpha_{k}\delta_{kj} = \alpha_j
$$
となる。よって、$${\{\hat{e}_1,\cdots,\hat{e}_n\}}$$が一次独立であることが示せた。
さらに、任意の$${f\in V^*}$$に対して、
$$
f = (f, e_1)\hat{e}_1 + \cdots + (f,e_n)\hat{e}_n
$$
となるので、$${\{\hat{e}_1,\cdots,\hat{e}_n\}}$$は$${V^*}$$の元を生成し、$${V^*}$$の基底となる。$${\square}$$
■系5.5
任意の$${v\in V}$$に対して、
$$
v = (\hat{e}_1, v)e_1 + \cdots + (\hat{e}_n, v)e_n.
$$
■定理5.6
$${V}$$が有限次元ベクトル空間ならば、$${ (V^{*})^{*}\simeq V}$$である。
(証明)$${v\in V}$$に対して、$${\varphi_v \in (V^*)^*}$$を
$$
\varphi_v(f) := f(v) \quad \text{for } \forall f \in V^*
$$
で定義すると、対応$${\Phi : V \to (V^*)^* ; v \mapsto \varphi_v }$$は線形写像を定める。この線形写像$${\Phi}$$が同型写像であることを示す。
まずは$${\Phi}$$が単射であることを示す。$${\Phi(v)=\varphi_v=0}$$であるとすると、任意の$${f\in V^*}$$に対して、$${(\Phi(v))(f) = \varphi_v(f) = f(v)=0}$$が成り立つ。すなわち、$${v=0}$$なので、$${\mathrm{Ker}(\Phi)=\{0\}}$$となる。したがって、$${\Phi}$$は単射である。
次に$${\Phi}$$が全射であることを示す。$${\{e_1,\cdots,e_n\}}$$を$${V}$$の基底とし、$${\{\hat{e}_1,\cdots,\hat{e}_n\}}$$をその双対基底とする。さらに、$${\{\hat{e}_1,\cdots,\hat{e}_n\}}$$の双対基底を$${\{\hat{\hat{e}}_1,\cdots,\hat{\hat{e}}_n\}}$$とする。
$$
(\Phi(e_j))(\hat{e}_k) = \varphi_{e_j}(\hat{e}_k) = \hat{e}_k(e_j) = \delta_{jk} = \hat{\hat{e}}_{j}(\hat{e}_k) \quad \text{for} \,\, k=1,\cdots,n,
$$
となるので、$${\Phi(e_j)}$$が線形であることから、$${\Phi(e_j)=\hat{\hat{e}}_j}$$が成り立つ。さらに$${\Phi}$$が線形写像であることから、全射であることが示せた。$${\square}$$
定理5.6では、$${V}$$から$${(V^*)^*}$$への基底に依らない同型写像を構成することで、その空間同士の同型性を証明した。このように$${V}$$と$${(V^*)^*}$$とには、基底に依存しない、空間だけに依存した内在的な構造だけで決まる同型が定まる。この意味で、$${(V^*)^*}$$はベクトル空間空間として$${V}$$と同一視される。そのため、以後は$${(V^*)^* = V}$$と書く。
一方、$${V^*}$$は$${V}$$とは同型であるが、同型写像は基底に依存したものになってしまう。また、以下の意味でも、$${V^*}$$は$${V}$$とは同一視できないことに注意する。
■命題5.7(双対基底の変換則)
$${\{e_1,\cdots,e_n\}, \{e'_1, \cdots,e'_n\}}$$を$${n}$$次元ベクトル空間$${V}$$の基底とし、それらの双対基底をそれぞれ$${\{\hat{e}_1,\cdots,\hat{e}_n\}, \{\hat{e'}_1, \cdots,\hat{e'}_n\}}$$とする。さらに行列$${P}$$を用いて、$${(e'_1, \cdots, e'_n) = (e_1, \cdots, e_n) P}$$と基底が変換されるとする。このとき、
$$
(\hat{e}_1, \cdots, \hat{e}_n) = (\hat{e'}_1, \cdots, \hat{e'}_n) P^{T}
$$
である。ここで、$${P^{T}}$$は$${P}$$の転置行列である。
演習問題
【1】命題5.7を示せ。
【2】命題5.7の仮定のもとで、$${f\in V^{*}}$$の基底$${\{\hat{e}_1,\cdots,\hat{e}_n\}, \{\hat{e'}_1, \cdots,\hat{e'}_n\}}$$に関する成分ベクトルをそれぞれ$${\bm{\mu}, \bm{\nu}}$$とするとき、これらの間に成り立つ変換則を求めよ。
【3】命題5.7において、$${V^*}$$を$${(V^*)^{*}}$$に置き換えると、主張はどのように書き直すべきか?
【4】$${V}$$が無限次元ベクトル空間であるとき、$${(V^*)^*\simeq V}$$は成り立つか?
<目次>
#0 連載の目的
#1 ベクトル空間とは
#2 ベクトルの一次独立・基底・次元
#3 ベクトル空間の基底とその変換
#4 線形写像(その1)〜定義と次元定理
#5 線形写像(その2)〜双対空間
#6 おまけ〜ベクトル空間の引き算としてのK群入門
#7 おまけ〜ベクトル空間の具体例:線形常微分方程式の解空間
#8 線形写像(その3)〜線形写像の共役
#9 おまけ:質点系の数理
#10 線形写像(その4)〜固有値・固有値・最小多項式
#11 おまけ:線形常微分方程式の解(行列の指数関数とLie群の視点から)
#12 線形写像(その5)〜対角化・最小多項式・一般化固有空間