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子どもの継承語である日本語を守るために - 『完全改訂版 バイリンガル教育の方法 - 12歳までに親と教師ができること』を読んで、海外での子どもの日本語習得について考える②【028】

 今回も「子どもが複数の言語を学ぶメリット」や「継承語としての日本語を維持するのが難しいのは何故なのか」という観点から、中島和子氏の『完全改訂版 バイリンガル教育の方法ー12歳までに親と教師ができること』(アルク選書、2016)を読んで学んだことをまとめています。

 グローバル化した社会で生きる私たちには、お互いの違いを認め合い、それぞれの文化を尊重し合うための「異文化理解」が求められています。
 そのために必要な「言語」について、複数の言語を幼少期から学ぶ場合、どのようなメリットや注意点があるのでしょうか?


複数言語を身につけるメリット

 本書では、過去の数十年にわたり「複数の言語を学ぶ」ということに対する人々の意識の変化について書かれています。
 20世紀の初め頃までは、幼少期に複数の言語を学ぶと、学力不振や情緒不安定につながるとされていました。
 しかし、調査や研究が進むにつれて、複数の言語が存在する環境で子どもを育てる場合、親や教師など周りの大人の配慮によって、子どもの発達に大きなメリットがあるということも分かってきたのです。ただ、学力不振や情緒不安定などのリスク自体があることも十分理解しておかなくてはなりません。

複数言語を学ぶメリットとは、

・思考の柔軟性
・言語に対する理解力・分析力
・話し相手に対する配慮
・他者への偏見、差別意識が低い

とされています。

 あるものを表すことばが複数あることを知る経験から、言語に対して広く捉えようとする思考が働くようです。また、自分のことばが通じず、うまくコミュニケーションが取れなかった経験からも、相手を配慮した行動ができるそうです。そして、複数の言語は複数の文化を経験することでもあるので、異文化への受容度が高くなると言われています。

 その一方で、モノリンガルの場合は、異言語話者への偏見や差別傾向が見られると言われています。これを示す実験やデータは本の中にありますので、ご覧いただきたいと思います。

 以上が、子どもが複数の言語の環境で育つことのメリットです。
 しかし、これは簡単な話ではなく、子どもの言語環境を整備する大人の役割はとても大きいです。そのため、本に書かれていた注意点で特に周知しておきたいことだけを共有させていただきます。

母語がマイノリティである時の注意点

 日本では日本語が圧倒的に強いため、生活の中で自然と母語の力は育まれていきます。その上で、第2・3言語をどうするのかを考えていくことができます。

 しかし、母語がマイノリティ、つまり「継承語(家庭内や限られた空間でしか使われない言語)」の場合は、特に注意が必要になります。
 継承語の学び方については、年齢や入国年数、滞在年数などの違いによってもアプローチは異なるようですが、第2言語よりも弱くならないように継承語を維持する取り組みが必要になります。

家庭教育が中心

 継承語を維持するための最も大切な役割を担っているのが「家庭教育」です。家庭教育では、特に「絵本の読み聞かせ」が重要な取り組みだと言われています。
 「読み聞かせ」によって、子どもが親とのつながりを持ち、安心感を得ることができます。また、本の中には家族の生活言語には現れない「新しいことば」が出てくるため、語彙力が鍛えられる効果があります。

 ちなみに、家庭の中で現地語と混ざり過ぎないように(多少は容認)継承語をしっかりと使う機会を設けることで、子どもの継承語の力は伸びるとされています。

「週末補習校」は補助的な役割として考える

 海外で日本語を学ぶ機関として、日本へ帰国した時に学年相応の学力を維持することを目的とした「週末補習校」があります。
 少数言語グループの同化問題を研究しているある社会学者の方が、週末の補習校は、子どもを集めて継承語教育を行うのではなく、保護者に子どもの継承語との向き合い方を教える方が良いと言っていたそうです。そのため、週末補習校はあくまで補助的な役割を担っていると考えた方が良いということです。

 また、週末の継承語の学習によって、子どもの継承語の力はどれぐらい身につくのでしょうか。
 この本によると、週に1度2〜3時間の学習では、会話面では学年相応の力は付けられるそうなのですが、日本語の読解力は小学4年生どまりになるという結果が出ているそうです。
 そして、これは日本語の補習校だけでなく、他言語の補習校でも同じような結果が出ているそうです。

親の過剰な子どもへの期待が子どもの自信喪失につながる

 自分の子どもが日本語をうまく話せていないと感じた時、そこに焦りを感じてしまうことはないでしょうか。
 日本語と現地語が時々混ざってしまったり、親から見てどちらの言語も中途半端だと感じる時、いずれかの言語ができていないという見方ではなく、「バイリンガルの個性」として捉えることが大切だと書かれています。

 日本人が海外で生活し現地の学校へ通う場合、子どもは現地の学校で異なる言語で学ばなければならず、他の子どもたちに負けないように必死に現地の言葉での学習を頑張っています。言語がわからないことで悔しい思いをして、何かしらのビハインドを感じていることもあります。そこで、家に帰っても日本語ができていないと言われるとどんな気持ちになるのでしょうか。

 私たちは、「母語が確立されていない幼少期の子どもが外国語を習得する」というのは、「母語がある一定確立されてから外国語の習得すること」とは全く違うものだと考える必要があります。
 また、日本人はとにかくできないことに目が行きがちで、それによって子どもが言語学習が嫌いになってしまうことがあると書かれていました。


継承語の維持が難しい理由

動機づけ

 学校で現地のことばを学び、継承語まで学ぶというのは、子どもにとってはどうしても負担感があります。また、学校以外の時間をさらに別の学校に行くことが不愉快だと感じるようです。

継承語への自信のなさ

 継承語を話す機会が限られており、親に上手く自分の気持ちを伝えられなかったり、継承語の国から人が来た時に上手く話せなかった経験から自信を失ってしまうことがあるようです。

年齢と教科書の内容のギャップ

 継承語教育は、どうしてもその国の子どもたちよりも言語の習得が遅れてしまいます。そして、国語などの教科書を使う時に年齢との差がマッチしないことが学習意欲のマイナスにつながると指摘されていました。
 また、継承語教育では学習者の年齢差に加えて、家庭での使用度が異なるため、継承語の熟達度がまちまちになるそうです。
 そのため、継承語教育というのは、母語でも外国語でもないものと考えなければならないと指摘されています。

 研究者たちの考えによれば、継承語の教育を充実させるなら学校教育の中に組み込まなければならないとしています。
 イマージョン方式のバイリンガル教育を進めているカナダでは、継承語(国際語)教育を維持するための政策がいくつか出されています。

継承語としての日本語は難しいからこそ、興味関心に訴えた学習を展開したい

 日本語の場合、ひらがな46文字、カタカナ46文字を習得したとしても、漢字が小学生だけで1026文字あります。日本語は、文章が読めるようになるまでのハードルが他の言語よりも高いと思います。

 日本に住んでいれば、学校で先生が黒板に書いたり、授業中に教科書でたくさんの文字に触れたり、外に出かければ嫌でも多くの日本語を見かけるので、覚える文字が多くてもさほど気にはならないかもしれません。
 しかし、海外で暮らしていく時に、日本と同じ学年相応の力にこだわり過ぎることは酷な気もします。ただ、あまりにかけ離れすぎてしまうと教科書は年齢に見合わないという問題もあります。むしろ、教科書に頼りすぎない学習法が重要なのではないでしょうか。
 それでも何とか子どもたちに日本語の力を付けてもらうためには、日本語への興味・関心をどれだけ育てるかが重要だと思います。

 ちなみに、現在私が読んでいる「学習と脳の関係」について書かれた本によると、学習体験を脳が「快」と判断することによって、学習に気持ちが向いて内容の定着率が向上するそうです。
 継承語の学習が、学校外で学習しなければならないものなのであれば、子どもはその時点で「不快」を感じているかもしれません。「不快」のまま、根性や忍耐だけで学習を続けるよりも、楽しいや面白いという、脳にプラスの経験として継承語の学習ができるようにするべきだと私は考えています。

 そのためには、日本語で友達とのつながりを感じつつ、日本語で学ぶことが楽しいと思える環境づくりが必要です。苦しい学習を乗り切るため、学校とは別の「日本語」でつながれる仲間、子ども自身の好奇心や興味・関心を大切にして、学習者自身が継承語の学びに向かうようにしたいと思います。
 私自身もまだまだ勉強中の身ですが、学習者が継承語の学習に前向きに取り組み、その言語を自身を持って使えるようにするための模索を日本語教室でこれからも続けていきたいと思います。

 今回、この本を読んでみて、改めて複数言語を学ぶ難しさとその素晴らしさを学ぶことができました。これを子どもたちにとってプラスの成長につなげられるよう、これからも勉強を続けていきます。そして、日本語教室での実践の中で学んだことをポートフォリオとして記録していきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

<参考文献>
中島和子『バイリンガル教育の方法ー12歳までに親と教師ができること』(アルク選書シリーズ、2016)

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