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シロクマ文芸部活動参加作🐻‍❄️

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シロクマ文芸部活動(部長:小牧幸助さん)に参加した作品をまとめます。
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#短編小説

両親の願い

両親の願い

 十二月のある日、一人の女の子が生まれた。予定日より早く破水したその女の子の母親幸穂は、夫幸一に連れられて病院へ向かった。病院を訪れたとき、主治医はその日に休みを取っていることがわかった。看護師は慌てて主治医に連絡した。主治医は遠出をしており、病院に着くまでにはしばらくかかると言う。看護師は真摯に対応し、幸穂も耐えた。
 それから主治医が到着し、懸命に処置をした。幸一は、分娩室の前の長椅子でひたす

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朝霧と夕暮れ

朝霧と夕暮れ

 霧の朝、私は車を時速20km程で走らせていた。今走っているのは高速道路だ。先ほど、かろうじて速度制限表示が見えた。そこには「50」の文字がぼうっと光っていた。私は怖くて時速20kmがやっとだ。前も後ろも見えないほどの濃霧のなか、私は霧が晴れるのをただ待ちながら、アクセルを浅く踏み続ける。
 このあたりで霧が出ること自体は珍しくない。よく左手の山が霧に包まれているのを横目に、この道を走らせたことは

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流れ星に願うシュウマツ

流れ星に願うシュウマツ

 流れ星でも観ようか。末永周平の誘いに、同じプロジェクトチームの平松星那はウキウキしながら、彼に続いて屋上へと続く階段を上がる。

「流れ星に、周ちゃんは何を願うの?」
 八月十二日、月曜日の深夜。会社の屋上で寝そべりながら星那が言う。終電をふたりして逃した。たまたま周平がタクシーを呼ぼうとスマホの上を滑らせた指。流れていく通知のニュース記事を横にスライドさせているうちに、「ペルセウス座流星群が極

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望月見守る結婚式

望月見守る結婚式

目次

 今朝の月は満月、望月だ。晴れの日にふさわしいまんまるの月が、まだ薄暗いなかに金色に光っている。朝から生暖かい二階のベランダで一人、空と藤の木を見上げながら昨夜のことを思い返していた。

 昨夜、葵がうちに来て、先月末ぶりに一緒に夜ごはんを食べた。きらりちゃんもご実家に帰っていた。そう、二人の結婚前夜だった。前回結構夜深くまで話したから、近況報告もそこそこに、早くお風呂を済ませるように促し

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花火のようなあの夏の夜

花火のようなあの夏の夜

 花火と手だけが写った写真。でも、手に取るように覚えている。これは、あのときあの子と一緒に手持ち花火をしたときのだ。卒業アルバムに挟まれたその写真を見ながら、まだ成人前のひと夏の夜を思い返す。

 もう十二年前になる。高校三年生だった。
 あの日、突然誘われた。
「うちと花火しようえ」
 話したこともない僕にかけられた言葉。なんで、僕?
「え、なんで僕なん? あ、いや、お誘いありがとう。うれしいけ

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誘拐事件と夏の空

誘拐事件と夏の空


夏の雲が湧く(事件編)

 姪を病院に連れて行った待合室で、姪のポケットのなかから折り畳まれた紙を見つけた。これはあいつの筆跡だ。手帳から引きちぎって書き付けただろうこれは、あいつなりの暗号なんだろう。
 病院に迎えに来た姉夫婦に姪を託し、真っ直ぐ帰るよう告げた。既に信頼のおける護衛はつけてある。彼女たちと別れ、頭のなかで、さっきの文の解読を進める。角を曲がった後、俺は振り向いた。
「いい加減、

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窓に映る風鈴と妻の顔

窓に映る風鈴と妻の顔

 風鈴とともに掃き出し窓に映る妻の顔は、曇り空のせいか暗い。部屋着のゆるっとしたワンピースを身にまとう彼女。そのグレーのワンピース姿は、窓の向こうの空と同化して見え、少し不安になる。麦茶の入ったグラスを片手に、下を向いている。何を見ているのだろう。

「ゆうさん、何見てるの?」
 彼女は窓から目を離さずに言う。
「通行人」
 通行人、かあ。
「トンボ、とかじゃないんだ」
「トンボはもっと高いところ

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かき氷 海砂糖シロップがけ

かき氷 海砂糖シロップがけ

 かき氷が恋しい季節になった。昔は白地に青い波紋があしらわれた浴衣に身を包んだ瑞江ちゃんと待ち合わせて、仕事帰りに屋台に寄って、ベンチで汗をかきながら食べたっけ。私はレモン味、瑞江ちゃんはブルーハワイ味。あの頃から瑞江ちゃんは、青が好きだったねぇ。

 以前七海さんと作った海砂糖を一つ、小瓶から取り出す。これを小鍋に入れ、水少々を加え、弱火でコトコトと煮詰めてシロップを作る。とろみが出てきたら水を

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大きな手紙と小さな手紙

大きな手紙と小さな手紙

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 手紙には、「スミレさんへ」と書かれていた。二つに折り畳まれ、宛名の上には、あのときの種。あれから何年経つだろう、私のことを覚えていたんだね。そして、まだ光る種を持っていてくれたのね。お母さんと交換日記を書いていた頃より小さくかっちりした筆致、「スミレちゃん」ではなくさん付けになっているあたりから、あの子がもう立派な大人になったことを実感した。
 ときどきどうしてるかなって様子を見に行くと

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イチゴ舞う校庭で

イチゴ舞う校庭で

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 うわ、懐かし。これ、小学校のときのだ。この前、母さんと掘り出した本をパラパラとめくっていると、小学校のとき作ったイチゴジャムのことが書いてある。この頃、俳句の授業もあったからか、もう俳句詠んでる、俺。「舞」と「僕」が画数多くて不恰好になってるな。

 小学校五年生のとき、イチゴをみんなで育てていた。五、六年はクラス替えがないうえ、どうも先生も持ち上がりらしいから、初夏になったらみんなで収

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金魚、家族、同僚と、僕

金魚、家族、同僚と、僕

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 咳をしても金魚。風邪が長引いていて、それでも金魚の水かえをする。金魚は繊細でもろく、定期的に水かえをしないとすぐはかなくなることを知っているから。

 まず、今の水、水草とともに、バケツにそっと移す。いきなり環境が変わると、ストレスで体調を崩してしまうから。バケツはある程度高さが必要だ。水も入れすぎない。金魚が跳ねて、外に飛び出して瀕死になるのを防ぐために。決して体に触れてはならない。人

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星になったあなたと

星になったあなたと

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 凍った星をグラスに。ひとり、夜空の星を見上げ、グラスを傾ける。琥珀色の梅酒の中を泳ぎながら、星の形の氷がキンと音を立てる。

 ねえ、あなた、覚えてる? 星のゼリーと氷を作ったこと。まだ年少の葵の夏休みの宿題で、「家族でおやつを作りましょう」っていうのがあったじゃない。ゼリーを作って、みんなで星型で抜いて、果物の缶詰めをシロップごとグラスに入れて、サイダーを注いで、星の形のゼリーを浮かべ

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追憶の手紙

追憶の手紙

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 透明な手紙の香り。それは五月の風に乗って、かすかに薫った。

「きれいな茜色だなぁ」
「え?」
「え?」
 それが、藍さんとの出会いだった。
「ごめんなさい。独り言でした。お恥ずかしい」
「いえいえ。思わず口から漏れるほどに、たしかにこの空は美しいですよね」
「そうなんですよ! 空や自然が好きなんですよね。この茜色の空も綺麗で好きだ。木々や家々が黒々としていて、その対比も含めて美しい。燃

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光る種の効能

光る種の効能

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 手渡されたのは光る種。

 僕が歯磨きから戻ると、お母さんが、泣いていた。僕のために、泣いていた。僕は大丈夫だよ、お母さん。泣かないで。そう言うと、お母さんは、ぎゅうっと僕を抱き締めた。僕がお風呂から上がると、お母さんは、お父さんの写真の前でこうつぶやいていた。

「あなた、私のせいで、葵が傷ついてしまって、ごめんなさい。あなた、あなたに似て優しいあの子を、どうすれば私は守れるのかしら…

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