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すーこ
2024年12月1日 16:52
十二月のある日、一人の女の子が生まれた。予定日より早く破水したその女の子の母親幸穂は、夫幸一に連れられて病院へ向かった。病院を訪れたとき、主治医はその日に休みを取っていることがわかった。看護師は慌てて主治医に連絡した。主治医は遠出をしており、病院に着くまでにはしばらくかかると言う。看護師は真摯に対応し、幸穂も耐えた。 それから主治医が到着し、懸命に処置をした。幸一は、分娩室の前の長椅子でひたす
2024年11月17日 16:22
霧の朝、私は車を時速20km程で走らせていた。今走っているのは高速道路だ。先ほど、かろうじて速度制限表示が見えた。そこには「50」の文字がぼうっと光っていた。私は怖くて時速20kmがやっとだ。前も後ろも見えないほどの濃霧のなか、私は霧が晴れるのをただ待ちながら、アクセルを浅く踏み続ける。 このあたりで霧が出ること自体は珍しくない。よく左手の山が霧に包まれているのを横目に、この道を走らせたことは
2024年9月1日 03:12
流れ星でも観ようか。末永周平の誘いに、同じプロジェクトチームの平松星那はウキウキしながら、彼に続いて屋上へと続く階段を上がる。「流れ星に、周ちゃんは何を願うの?」 八月十二日、月曜日の深夜。会社の屋上で寝そべりながら星那が言う。終電をふたりして逃した。たまたま周平がタクシーを呼ぼうとスマホの上を滑らせた指。流れていく通知のニュース記事を横にスライドさせているうちに、「ペルセウス座流星群が極
2024年8月25日 15:11
目次 今朝の月は満月、望月だ。晴れの日にふさわしいまんまるの月が、まだ薄暗いなかに金色に光っている。朝から生暖かい二階のベランダで一人、空と藤の木を見上げながら昨夜のことを思い返していた。 昨夜、葵がうちに来て、先月末ぶりに一緒に夜ごはんを食べた。きらりちゃんもご実家に帰っていた。そう、二人の結婚前夜だった。前回結構夜深くまで話したから、近況報告もそこそこに、早くお風呂を済ませるように促し
2024年8月17日 20:43
花火と手だけが写った写真。でも、手に取るように覚えている。これは、あのときあの子と一緒に手持ち花火をしたときのだ。卒業アルバムに挟まれたその写真を見ながら、まだ成人前のひと夏の夜を思い返す。 もう十二年前になる。高校三年生だった。 あの日、突然誘われた。「うちと花火しようえ」 話したこともない僕にかけられた言葉。なんで、僕?「え、なんで僕なん? あ、いや、お誘いありがとう。うれしいけ
2024年8月12日 16:52
夏の雲が湧く(事件編) 姪を病院に連れて行った待合室で、姪のポケットのなかから折り畳まれた紙を見つけた。これはあいつの筆跡だ。手帳から引きちぎって書き付けただろうこれは、あいつなりの暗号なんだろう。 病院に迎えに来た姉夫婦に姪を託し、真っ直ぐ帰るよう告げた。既に信頼のおける護衛はつけてある。彼女たちと別れ、頭のなかで、さっきの文の解読を進める。角を曲がった後、俺は振り向いた。「いい加減、
2024年8月4日 12:34
風鈴とともに掃き出し窓に映る妻の顔は、曇り空のせいか暗い。部屋着のゆるっとしたワンピースを身にまとう彼女。そのグレーのワンピース姿は、窓の向こうの空と同化して見え、少し不安になる。麦茶の入ったグラスを片手に、下を向いている。何を見ているのだろう。「ゆうさん、何見てるの?」 彼女は窓から目を離さずに言う。「通行人」 通行人、かあ。「トンボ、とかじゃないんだ」「トンボはもっと高いところ
2024年7月26日 01:53
かき氷が恋しい季節になった。昔は白地に青い波紋があしらわれた浴衣に身を包んだ瑞江ちゃんと待ち合わせて、仕事帰りに屋台に寄って、ベンチで汗をかきながら食べたっけ。私はレモン味、瑞江ちゃんはブルーハワイ味。あの頃から瑞江ちゃんは、青が好きだったねぇ。 以前七海さんと作った海砂糖を一つ、小瓶から取り出す。これを小鍋に入れ、水少々を加え、弱火でコトコトと煮詰めてシロップを作る。とろみが出てきたら水を
2024年7月5日 23:55
目次 手紙には、「スミレさんへ」と書かれていた。二つに折り畳まれ、宛名の上には、あのときの種。あれから何年経つだろう、私のことを覚えていたんだね。そして、まだ光る種を持っていてくれたのね。お母さんと交換日記を書いていた頃より小さくかっちりした筆致、「スミレちゃん」ではなくさん付けになっているあたりから、あの子がもう立派な大人になったことを実感した。 ときどきどうしてるかなって様子を見に行くと
2023年7月15日 18:02
消えた鍵。落とした? 盗られた? いや、それは……ただの私の日常。 私は片付けが苦手だ。両親の祖父母から苦手という筋金入りの片付け下手。モノの管理がとにかく苦手なのだ。デスクトップやフォルダ整理は割とできるのに、メールの管理もできるのに、現実世界の物理的なモノの管理は苦手だ。鍵もよく消える。カバンの中ならまだいい。家の中に迷い込まれたら、物のジャングルの中から見つけだすのは至難の技であったり
2023年7月2日 14:10
街クジラが僕の街にはいる。 僕の住む海沿いの街の沿岸に、一頭の小さなクジラが座礁した。たまたま下校時間に通りがかった僕が見つけて、慌てて近くの大人たちを呼んだ。大人たちは方々へ電話したり調べたりして、専門家の人たちがやってきて、みんなで協力して海へ戻すことに成功した。クジラが座礁すると、命を落とすことも少なくない。運良く海へ戻すことができたとしても。僕たちは、クジラの無事を願い、日々を過ごした
2023年6月25日 21:00
「海砂糖はね、それはそれは美しくって、優しい甘さで美味しいのよ」 瑞江ちゃんが言っていたのを、ふと思い出して、こんなところまで来た。海砂糖がどこにあるかは知らない。全国津々浦々の旅館や土産屋を訪ね歩くも、手掛かりは得られなかった。次はどこに行けばよいのか……「あのう、海砂糖をお求めの方、ですよね?」「……はい。何か?」「私の祖母から聞いたことがあります、海砂糖」「本当ですか! それはど
2023年6月18日 10:48
銀河売り歩く交差点人は僕になど目もくれないこの街に銀河を求める人はいないのか私のスマホはGalaxy銀河だなんて素敵でしょ小さなスマホに星のように情報が詰まってるこの街で星なんてあまり見えないけど小説やテレビのなかで見る満天の星空スマホのカバーと壁紙の銀河系実際は肉眼でどれほど見えるのかしら銀河いりませんか対価はあなたの「だいじ」ですあなたの「だいじ」と引き換えに
2023年5月14日 21:22
目次 うわ、懐かし。これ、小学校のときのだ。この前、母さんと掘り出した本をパラパラとめくっていると、小学校のとき作ったイチゴジャムのことが書いてある。この頃、俳句の授業もあったからか、もう俳句詠んでる、俺。「舞」と「僕」が画数多くて不恰好になってるな。 小学校五年生のとき、イチゴをみんなで育てていた。五、六年はクラス替えがないうえ、どうも先生も持ち上がりらしいから、初夏になったらみんなで収