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言葉の宝箱0926【今なら素直に言える】
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熱田家の母、乙美が亡くなった。気力を失った父の良平のもとを訪れたのは真っ黒に日焼けした金髪の女子、井本。乙美の教え子だったという彼女は「生前の母に頼まれて、四十九日までのあいだ家事などを請け負う」と言う。彼女は乙美が作っていた、あるレシピの存在を良平に伝えにきたのだった。家族を包む温かな奇跡の物語。
失って初めて分かる有難味
優しさ、謙虚さ、素直さ・・・・・。
ついつい失いがちになってしまう心のゆとり。
心潤う逸品。
・プロローグ
今なら素直に言える。乙母に会いたい。心から好きだったと伝えたい。そしてもし嫌でなければ、教えて欲しいことがある。乙母にしか聞けないことが ― 。で、物語が始まる。
そして、
第1章では、
共に暮らした年月のなかには笑顔もたくさんあったはずなのに
心に浮かぶのはいつも寂しげなあの顔だ。
そのたびに身がよじれるような心地がする。
乙美は、幸せだったのだろうか。亡くして初めてその人の大きさを知る。
わたしがいなくなっても、
あなたが明日を生きていけるように残した『レシピ 』。
・あのとき、継母はどんな思いでお重を詰めたのだろう。
初めて会う継子のためにどれほど心をこめて弁当を作ってきたことか。
あの重箱に何が詰まっていたのか。今ならそれが痛いほどよくわかる(略)しかしいつも自分は素っ気ない対応をしてきた。
嫌っていたのではない。遠慮していたのだ(略)
不意に嗚咽がこみあげ、顔を手でおおう。今なら素直に言える。
乙母に会いたい。心から好きだったと伝えたい。
そしてもし嫌でなければ、教えて欲しいことがある。
乙母にしか聞けないことが―― P4
・どれも最高にうまかったのに、
思えばきちんと乙美の料理をほめたことがない。
それどころか悪気はないのに気が付くといつも声を荒げていた(略)
言い方というものがあったのだ。
寂しげな顔で弁当を抱えていた乙美を思い出す。
共に暮らした年月の中には笑顔もたくさんあったはずなのに
心に浮かぶのはいつも寂しげなあの顔だ。
そのたびに身がよじれそうな心地がする。
乙美は、幸せだったのだろうか P6