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宮崎駿がどうしても勝てなかった、<日本アニメの神様>
皆さんは、古いクラシックなアニメって見る?
私は正直、あまり見ない方です。
いや、厳密には見たい気持ちもあるんだが、そっち系を見てる暇があるなら今のを見ときたいと思うんで・・。
だけどね、そんな私ですら「これだけは見とかないと、もはやアニメを語れないよね」と認識してる作品が幾つかあり、今回はそのひとつを取り上げてみたいんだ。
その作品とは、これです↓↓
「白蛇伝」(1958年)
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「うっわ~、古くさっ!」
と思ったでしょ?
でもね、これは押さえとかないと、日本アニメの<文脈>を理解できないのよ。
この作品の制作は東映動画(現東映アニメーション)である。
東映にとっての長編映画第1弾。
同じ時代に、手塚治虫先生が立ち上げた虫プロがあることも押さえておいてください。
虫プロといえば「日本初の連続テレビアニメ」として「鉄腕アトム」が有名だが、これの制作は1963年。
「白蛇伝」の5年後である。
ちなみに同年、宮崎駿は東映に入社している。
彼が入社を志望したキッカケは、やはり「白蛇伝」を見たから、らしい。
<白蛇伝>
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制作/東映動画
メディア/劇場(1958年)
内容/ファンタジー
特徴/フルアニメーション(1秒24フレームの作画)
<鉄腕アトム>
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制作/虫プロ
メディア/テレビ(1963年~)
内容/SF
特徴/リミテッドアニメーション(1秒8フレームの作画)
この両作品は、日本アニメにおけるふたつの起点であり、アニメファンならマストで押さえておくべきものである。
なんていうかな、音楽でいうならビートルズといったところか。
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A「俺、ロック大好き!NO MUSIC NO LIFEって感じ?音楽が俺の人生」
B「へえ、そうなんだ。じゃ、ビートルズのアルバムは何が好き?」
A「・・えっ、ビートルズとか聴いたことないけど?」
B「・・・」
まぁ、別にビートルズを知らずとも、音楽は楽しめるのも事実だけどね。
でもさ、自分が好きなアーティストがいたら、その人が影響を受けたというアーティストの音楽を聴いてみたくなるもんだし、そうやってずっと遡っていくと、大半のパターンはビートルズ周辺に行き着くものだと思うけど。
それと同様、世間でこれほどに宮崎駿の人気があるなら、彼がアニメ業界に入る動機になった作品として、せめて「白蛇伝」ぐらいは見ておくべきじゃないかなぁ・・。
いや、これはあくまで私の個人的な認識です。
で、「白蛇伝」と「鉄腕アトム」、このふたつの作品は驚くほどベクトルが真逆なんだよね。
映画⇔テレビ
ファンタジー⇔SF
フルアニメーション⇔リミテッドアニメーション
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つまり、これが東映系⇔虫プロ系のベクトルの違いである。
ちなみに、こういうDNAは今もなおアニメ界に少し残ってるわけで、自分が好きなアニメはどっち系かというのを考えてみるのも案外楽しいよ。
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で、虫プロというのは「漫画の神様」が起点になってるんだけど、その一方で東映の方には後に「日本アニメの神様」と呼ばれる人物がいたんですよ。
それは誰か?
この人です。
森康二(1925年~1992年)
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・・ええ、「漫画の神様」と同様、「日本アニメの神様」もベレー帽を着用してます。
これは「神様」のマストアイテムなんだろうね。
逆にベレー帽を着用しない宮崎駿は、いまだ「神様」と呼ばれていません。
で、この森さん、アニメ「SHIROBAKO」の杉江さんのモデルともいわれてるのよ。
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多分、「SHIROBAKO」の制作スタッフに森さんと直接関わったことのある人がいたと思うんだよね。
実際、森さんは杉江さん同様、とても穏やかな人だったらしいのよ。
晩年の彼は日本アニメーション(「世界名作劇場」とかやってたところね)でマイペースに子供向けアニメを手掛けてたらしく、そして1992年、67歳の若さでお亡くなりになっている。
つまり、「漫画の神様」逝去の3年後、追うように「日本アニメの神様」もお亡くなりになったんだけど、森さんの逝去はあまり騒がれることもなく、ひっそりとしたメディアの扱いだったかと記憶する。
で、なぜこうして私が森康二さんの話を敢えてしてるのかというと、うん、実は彼こそが「白蛇伝」を描いてた張本人なんですよ。
というか、アニメーター(原画)がたった2人しかいなかった、という話もあるんだけど・・(笑)。
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・・なんかさ、1958年にいきなりこれを描けちゃうのって、凄くない?
まだ手塚先生は現役の漫画家ということで下地はあっただろうし、宮崎駿もまたそうなんだけど、じゃ、森さんもまた漫画家だったのか?
・・いや、違うんですよ。
彼は漫画畑出身でなく、出自は東京美術学校、つまり今の東京芸大の卒業生だったという。
ようするに<サブカル>ではなく、<カルチャー>側から出てきた人だったんだね。
で、さすがはそっち側から出てきただけのことはあり、あの宮崎駿が
「森さんには、どうしても敵わない」
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と漏らすほどのトンデモない画力だったという。
おそらく美術学校出身だけに、デッサンのスキルが並外れていたんだろう。
・・で、皆さんには「白蛇伝」のそういうところを見てほしいのよ。
何なら、1963年版「鉄腕アトム」と見比べてみるのもいい。
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後に宮崎駿が手塚治虫の否定、および虫プロの否定を口走ったことがあったわけだが、あれって結局、全て基準になってたのが「白蛇伝」⇔「アトム」の比較論だと思うんだわ。
まぁ、確かに私の目から見ても、「白蛇伝」と「アトム」じゃアニメの質として雲泥の差ですよ。
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私が特に圧巻だったのが、終盤の海のシーン、それも水中のシーン。
よく聞く話として、<水>や<風>といった透明なものの流れを描くというのはアニメーターにとって非常に難しいらしいんだが、「白蛇伝」でそれをやってるということに驚いてしまう。
それもキャラの動きだけで、「あぁ、これ水の中だ」と見る者を納得させてしまうだけの圧倒的な画力。
凄いわ。
こういうのを見て育ったからか、宮崎さんとかやたら<水>や<風>を作品の中に描きたがるんだよね。
思えば
・人ならざる者が人間の異性を慕う
・クライマックスは、荒れ狂う海
という「白蛇伝」のプロットは、まんま「崖の上のポニョ」だわ。
おそらく、「ポニョ」は宮崎さんなりに<自分がアニメを志すことになった原点>を一度作品にしておきたかったんだろうね。
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多分宮崎さんに限らず、森さんはアニメ界で数多くの人たちから尊敬されてきたと思うんだけど、その割にはこの「神様」、業界で扱いがいまいち地味じゃないか?
むしろ、アキバとかに銅像を建てられてもいいほどの偉人と思ってるのは私だけじゃないはずなんだけど。
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さて、ここまで書いてて自分でも少し気になったんだが、これじゃ、まるで森さんスゲー、東映スゲー、逆に虫プロはダメだ、と主張してるような印象を与えてしまったかもしれない・・。
・・いや、それは違うぞ。
何も、虫プロをディスるつもりはないんだ。
虫プロは敢えて<普及>を優先し、「毎週、テレビでアニメを放送する」という選択をしただけのこと。
そこから、東映とはまた別の<リミテッドアニメーションによる作品量産>という道を歩んだのは、むしろ英断だったと思う。
事実、「アトム」放送開始の11か月後、ついに東映もフルアニメーションを断念し、テレビアニメを作るようになっていったわけだし・・。
で、その東映テレビアニメ第1弾というのが、これ↓↓
「狼少年ケン」(1963年)
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これの何が凄いかって、先に「白蛇伝」のアニメーター(原画)が2人だけだったと書いたけど、「狼少年ケン」の場合は、なんと1人だけ(少なくとも第5話まで)。
黎明期のアニメーターって、ホントにバケモノかよ・・?
その唯一のアニメーターが、本作の企画/原作を手掛けた月岡貞夫さんという人(当時24歳)である。
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じゃ、この人は一体何者かというと、元々は手塚先生のアシスタントみたいな立場だったらしい。
それがアニメ作りの手伝いみたいな役割で東映に派遣され、やってるうちに「天才」と認められ(めっちゃ描くのが速い!)、東映に入社した流れ。
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なお、月岡さんは今もご健在で、近年は国内外の大学等で後進を育てる仕事がメインらしい。
その教え子には、片渕須直さんや佐藤順一さんの名前もある。
ちなみに、彼はこういうことも言ってるんだ。
「手塚先生も元々はリミテッドアニメーションのデザイン的な美しさに惹かれて『ある街角の物語』(1962年)を作ったんです」
・・そう、リミテッドも当初は省エネ/経費節減が目的での導入じゃなかったみたいなのよ。
月岡さんいわく、リミテッドの本来の強みとは<様式美>を強調できることだったという。
それがいつの間にやら、<手抜き>みたいなニュアンスに誤解されていったみたいなんだけど・・。
それじゃ、ここで月岡さんの話の中にあった「ある街角の物語」(監督/手塚治虫)の本編を見ていただきましょう↓↓
・・ほぉ、これを「鉄腕アトム」放送開始の前年に作ってたのか。
ぶっちゃけ、「アトム」と比べて質がめっちゃ高いじゃん?
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そうか、1962年の時点で、既に<ちゃんとしたリミテッドアニメーション>は存在してたんだね。
単にフルアニメーションの下位互換ではないものが、手塚先生の中にあったのかもしれない。
・・ただ、月岡さんはこうも言ってるのよ。
手塚先生は【物語>画】の人だったし、画が動かないのなら物語でカバーをすりゃいい、という考えは正直あったのかも、と・・。
<東映⇔虫プロ>
この2種類の<文脈>、皆さんもぜひ押さえておいてください。
これは私の持論ですけど、アニメにはどの作品にも必ずその歴史の<文脈>が備わってます。
偉大な先人たちの息吹きみたいなものが、そこにはしっかりと根付いてるんだよ。
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