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2023

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2023年5月の記事一覧

空いているジムの探し方(エッセイ)

空いているジムの探し方(エッセイ)

千葉に住んでいた頃に通っていたスポーツクラブは、広くて快適だった。東京のジムはマシン同士の間隔が狭く息苦しい。人口密度の高い空間で、逆にストレスを抱えて帰ることが多かった。結局、3ヶ月ほど前に退会してしまった。

昼休み、空いているジムの探し方というものを考えていた。設備の充実したジムは混んでいる。逆に簡素な24H営業のジムなどは狭くて窮屈だ。若干の設備の古さは我慢しても、広くて閑散としたジムが良

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お笑いの風通し(エッセイ)

お笑いの風通し(エッセイ)

オリエンタルラジオ中田の「THE SECONDへの提言」という動画を見た。提言とは名ばかりで、現状の芸人界に対する負け惜しみのような内容だった。中田が、芸人界のヒエラルキーに並々ならぬ嫉妬心を抱いているのは意外だった。

批判は、松本人志一派の寡占によってお笑い界の風通しが悪くなったという主旨だった。けれど、それは因果関係が逆である。閉鎖的なコミュニティの中で記号を流通させるのが「お笑い」という営

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空洞です(エッセイ)

空洞です(エッセイ)

久しぶりにゆらゆら帝国の『空洞です』を聴いた。ミニマルなサウンドに寓話性な歌詞が乗せられ、頭の中でめまいが振動するようなアルバムだ。バンドは本作を最高傑作と宣言し、上回る作品を作れないために解散したとされている。

9曲目の「ひとりぼっちの人工衛星」だけ、前後と毛色が違うように感じる。通信の途絶えた人工衛星が軌道を外れていく瞬間を描いた、ゆら帝には珍しいウェットな一曲だ。このあたたかな名曲が、ゆら

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言葉と孤独(エッセイ)

言葉と孤独(エッセイ)

日記を書く筆が重い。うっすら現実逃避をしながら過ごしている。ストレスを根治できないまま、時間だけをやり過ごしている。仕事のことを考えないようにしているが、日曜の夜まできてしまった。

大人のストレスというものは、若いときには想像もつかなかった。現実は言葉よりも先に訪れるし、現在を説明する言葉が予め用意されていない。自分の辛さは自分にしかわからない。孤独を癒すこともできない。

壁(エッセイ)

壁(エッセイ)

今日は月に一度の心療内科の日で、職場の新人のことを話した。その新人はぼんやりしていて、繰り返し注意しても欠点が改善しないことや、同じ職場で生活しているうちにストレスが溜まり、苛々を家に持ち帰ってしまう日が増えたことを報告した。

医者は私の話を聞いて、その新人はおそらく発達障害だろうと答えた。発達障害は周囲と軋轢が生じてしまうことが多く、自覚がないため医療機関に受診するケースも少ないらしい。「壁だ

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断交(エッセイ)

断交(エッセイ)

私が教育係を担当していた新人は、上司に引き取られることになった。教育係を外れた私は、新人とまったく口を利かなくなった。ミスやトラブルが発生しようが、もう完全に無視を決め込んでいる。シンプルに彼を嫌いになってしまった。

5人しかいない職場で、一人と関係を断つというのはキツいものがある。黙っていても姿は目の端に入ってくるし、電話の声も聞こえてくる。みなで雑談が盛り上がっても、その輪にも入れない。無理

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押し花(エッセイ)

押し花(エッセイ)

今日は押し花の作家の自宅を訪ねてきた。作り方を見学するという話だったが、なぜか私が制作を体験する流れになり、ハガキ大の押し花を5点ほど作ってきた。その間ずっと作家は喋り通しで、甲高い声を4時間も浴び続けて帰ってきた。

会社に連絡を入れると、自分宛にキャンセルのメールが来ていた。会社に戻り電話をかけたが結論は明日に持ち越しになった。帰りのコンビニで酒を買って、飲み干してから電車に乗った。気分転換に

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東京のバンド(エッセイ)

東京のバンド(エッセイ)

朝の電車でceroの新譜を聴いた。東京の私大生が長い夏休みに作ったようなアルバムだった。耳馴染みがよく、おしゃれで、ケンカが弱そう。Twitterのタイムラインでは評判になっていたので、クリティカルな名盤なのだろう。聴けば流行りに追いつけるのかもしれない。

玉川上水で用事を済ませて、好きなバンドのメンバーが働いているパン屋に入った。店の前のガラスを覗くと、髭面のメンバーが身体を丸めて会計をしてい

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反省(エッセイ)

反省(エッセイ)

みんなでなんとなく、後輩の指導をどうするかという話題をがやがや喋っていて、辞めていった女性社員の話になった。私がその元社員とはたまに食事に行くという話をしたら、上司に「気持ち悪いからやめたほうがいい」と言われた。会話は次第に萎んでいき、私は気を遣わせてしまっていたのかと反省した。

30分ほど経ち、書類を持って上司のデスクに行くと、「《やぐま》、不機嫌になったか?」と尋ねられた。なっていないと答え

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アポ(エッセイ)

アポ(エッセイ)

大口の担当顧客全員に会ってみようと、ここ2週間ほど外出のアポを取りまくっている。適当な理由をでっちあげれば、アポなど簡単に取れる。入社以来オフィスに腰を据えてばかりいたのが嘘のようだ。毎日手土産を買っては、ジャケットを羽織って電車を乗り継いでいる。

今日は2人の客先に挨拶してきた。一人は佐渡から東京に観光に来ていて、もう一人は都内で開業医をしていた。手土産は会社近くの和菓子屋で最中を買った。今度

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ペンギン(エッセイ)

ペンギン(エッセイ)

流通センターは電車を乗り継いでも1時間近くかかる場所にあった。山手線から浜松町でモノレールに乗り換え、コートの下に籠った熱に耐えながらホームを歩いた。

文学フリマの会場は人でごった返していて、落ち着いて歩くのも難しかった。出店者と目が合わないように歩いて、結局3000円くらい使った。帰りは大森駅まで30分ほどかけて歩いたが、電車代はさほど変わらなかった。

家に帰り、昨日あった漫才の特番を途中ま

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進んで取り込まれていく(エッセイ)

進んで取り込まれていく(エッセイ)

美容室で髪を切りながら、アシスタントの事情を教えてもらった。アシスタントを使う店では並行して複数の客を切ることになるが、アシスタントも複数人を同時に補佐しているらしい。システマティックに髪を切り続ける仕組みに嫌気が差し、1on1のいまの店に落ち着いたそうだ。

喫茶店で勉強していたら、隣の席にママ友の団体が集まってきた。運動部の保護者グループらしく、合宿や顧問の話題で盛り上がっていた。どうやらリー

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心を保つ(エッセイ)

心を保つ(エッセイ)

今日は日記が書けない日だ。久しぶりだ。今週は苛々を家まで引きずる日が多く、気力が消耗しきってしまった。何もする体力も残っていないが、頭だけが冴えている。

昨年末に手製のZINEを作りながら、365日漏れなしで一冊の日記本を作れないかということを構想していたのだけれど、どうやら私は気分のムラが大き過ぎる。ネガティブに文体を引っ張られる日が多い。客観的な、乾いた日記を書くには、相応のモチベーションが

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屋外を彷徨う日(エッセイ)

屋外を彷徨う日(エッセイ)

今朝は直行で顧客の自宅を訪れた。複数の会社と大口契約をしているその作家のアトリエは、確かにデカくて設備も綺麗だった。昨日買っておいた水羊羹を渡して、家中を埋め尽くしている作品を見せてもらった。画材もモチーフも多様な作品たちはどれも素晴らしかった。私にはこの作家をカネとして見ることはできないなと思った。

駅で時間を調整し、昼休みの半ばあたりにオフィスに着くように出勤したが、運の悪いことに午前中の業

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