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なりかけた小説

7
とりあえず書いてみた短い文章
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記事一覧

灯りを望む丘

つまらない事で喧嘩をしてしまった。
本当につまらない理由。
奈津が真吾の悪口を言っていた。
真吾は太っていてリレーでは足手まといだって。
真吾は太っているけど、いつも優しくて友達想いのいいやつなのに。
私は奈津に歩み寄り言葉より先に手を出してしまった。
反射的に。
右肩を強く押された奈津は虚を突かれた表情をしたが、すぐに眉間に皺を寄せて私を睨みつけてきた。
「冗談じゃない。どうして手を出すの」

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或る真冬の瞬き

或る真冬の瞬き

鋭く研ぎ澄まされた空気が互いに擦りあわされて生成されたような、望むあらゆる景色を白く染める霧が辺りを埋め尽くしていた。
私は駅の4番線のホームで、彼女の到着を待った。
改札の向こう側で待てない理由は無かったが、駅の掲示板映された電車の到着時間が迫るに連れて、足が自分の意志を持って確かな足取りで改札を潜り抜けた。
一段一段とホームに通ずる階段を踏みしめながら下ってゆき、足の裏から伝う静かな足音と振動

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汀

小学高学年になり私は伸び悩んでいた。
身長がピタッと止まり、列の後列から少しずつ前列に近づいていく恐怖があった。
少年野球をやっていた私はスポーツ店にバットを買いに行き、78㎝のバットを店員に勧められたが気負って80㎝のバットを買った。
小さいときは女の方が成長が早い。
低かった女子身長は伸び、知らない間に私と同じ視線になっていたということは多々あった。

夏のある日、クラスで席替えがあった。

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蝉

夏はジメジメとした日より始まるが、終わりは静かなものであっという間に秋に移り変わっている。
秋は静かに始まり静かに終わる。意識する頃にはすでに暮れで冬の足音はすぐそこまで来ているものだ。だから今この場で秋を認め感じる。

今朝、駅までの道を歩いていると路肩の白線の上にクマゼミの死骸が仰向けに転がっているのを発見した。
既に中身は蟻や微生物にさらわれて外殻のみの姿でまるで羽化後の抜け殻のようだった。

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最果て(夏×無人島)

最果て(夏×無人島)

夢の狭間に聞こえる物音で目が覚めた。
「ごめん、起こしちゃった」
「あぁ、いいよ」
カナコはブラジャーをつけているところだった。
「お前って、上からつけるのな」
「え?うーん、どうだろう。普段は下からかも」
「なんで?」
「わかんない」
夏の朝陽は目にしみる。
しっかりカナコを捉えるまで少し時間がかかった。
カナコは窓の扉をレース越しに開けた。
朝の8時だというのに昼間のように騒々しい。
夏休みの

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人面鏡(AI×友達)

人面鏡(AI×友達)

春の真夜中は空が真っ暗ではないことを知った。
雲が朧げに月を覆っているが、街灯が無くとも道が分かるぐらいには明るく、少し青みがかった世界だ。
イシカワは死体を確認した後、自宅前の公園のベンチに座りスマートフォンを眺めた。
薄暗い世界に不釣り合いな光源を放っているそれが酷く醜いものに感じた。
スマートフォンの中には数多のアプリがあるが、ほとんど使ってはいない。
意味もなく右手の親指でスクロールする。

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白兎(うさぎ×山)

白兎(うさぎ×山)

空から降り注ぐ雨は一つ一つが大きくて重い。
木の葉を弾いて放射状に分かれると、小さくなって静かに消える。
大きな雨粒も土に触れると静かに消える。
雨が続くと鬱屈な気分になる事もあれば、爽快な気分になる事もある。
例えば、凡庸な日々に気が付いた時、自分以外の騒音に存在を消滅させられたような気がする。
無味無臭で生命体でもない水が自分よりも強く地面を打ち付け這い蹲り、まるて生きているかのように堂々とし

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