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小学高学年になり私は伸び悩んでいた。
身長がピタッと止まり、列の後列から少しずつ前列に近づいていく恐怖があった。
少年野球をやっていた私はスポーツ店にバットを買いに行き、78㎝のバットを店員に勧められたが気負って80㎝のバットを買った。
小さいときは女の方が成長が早い。
低かった女子身長は伸び、知らない間に私と同じ視線になっていたということは多々あった。

夏のある日、クラスで席替えがあった。
顔は覚えていない。 
女子だった。
彼女の腕には産毛があった。
それも凄く立派な。
窓から入ってきた陽光に触れると輝くように反射した。
私はここでも敗北感を味わった。
私の腕には僅かな産毛しかなかった。
手のひらで腕を逆撫でて、指でつまんでもつまみきれず皮膚をつまむのだ。
早急に大人になりたかったわけではないが、体毛には恥じる想いの裡に憧れがあった。
彼女とはあまり会話をしなかったように思う。
私は左利きで彼女は右利きだった。
席は黒板の方向に対して垂直な並びだった。
黒板から向かって、彼女、私という並びだった。
授業を受けている時、黒板の方向を見ると彼女が視線に入ることが自然だった。
ノートに文字を書くと彼女の腕が視野に入り込み、気づけば腕を見、産毛の存在を認め、彼女が書く文字を見た。
当時、丸字が流行っていた記憶があるが、彼女の字は角ばった綺麗な字だった。

体育の授業があった。
どんな事をしていたかは覚えていない。
授業が終わり、みんな大量の汗をかいていた。
体操着の上着の裾を掴んであちこちに伸ばして汗を拭いた。
昇降口に向かうまでに藤棚があり、隣は少し広場があり、生物の飼育小屋があってウサギなどが生活しており、花壇を挟んで向かい側に蛇口がいくつも並んだ手洗い場があり、その裏には強烈な臭気を放つドブ溝があった。
汚れた手と汗を流すために手洗い場を訪れた。
手を洗っていると彼女もやっできた。
会話は交わさなかった。
隣で手を洗った。
彼女も汗をかいていて、腕の産毛は汗でへばりつき妙な模様のようになっていた。
丁寧に手を洗い、手に器にし蛇口から流れる水を溜め、そのまま腕に伸ばし汗を流し落とした。
妙な模様は水に流され再び模様を造った。
流される度に模様を造り、それは流される度に形を変えた。
砂浜に打ち寄せる波がつける汀のようだ。
私も同じように腕を水で流したが汀は現れなかった。
彼女が無意識に作り出した模様に目を奪われ、それは由々しき模様だったが勇ましく、美しいと感じはじめた。
次々に消えは生まれる模様に美しさを感じたかと思うと、当時の私はただ眺めていただけだった。
が、その時悩みは薄れ消えていったように感じた。
手を洗う彼女を残し昇降口に向かった。

腕を見ると産毛ではなく濃い毛が生えていた。
浴槽もあの頃より明らかに狭く感じた。
ゆっくり浴槽に浸かり腕を眺めた。
腕の毛は束を成し海に漂うよう流木のように無骨だった。
何も美しくなかった。
流木を指でつまみ引きちぎった。
ぶちぶちと音を鳴らし皮膚から離れた。
皮膚は赤く発色したが、毛はなくなったかどうか分からなかった。
しかし、指には十数本の毛が形を崩しへばりついていた。
気持ち悪く思い、浴槽の湯で流した。
あの模様はもう見ることはできない。
彼女は今日も剃刀で忌々しく「無駄毛」と呼びながら泡とともに剃り落しているだろう。
私は彼女の汀に美を感じ、その先に広がる雄大な海原を思っていたのだろうか。
彼女に恋をしていたのだろうか。
ただ顔は一向に思い出すことはできない。

2015/01/24 小学生の頃の記憶を元に

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