祭り紹介&八咫烏「下鴨神社(賀茂御祖神社)」増える摂社・末社制覇!【京都】
紀元前658年には神様を祀っていたと『日本書紀』に記されている。平安遷都した桓武天皇は秦氏と賀茂氏に許可を得て遷都したとか!?古都・京都の二大豪族である賀茂氏(加茂氏)の神社。葵祭は賀茂氏のお祭りである。参道は多くの木々に守られ「糺の森」と言われている。最後に秦氏の氏社でも糺の森があり、元はそちらのそうな。
下鴨神社と併せて行くべきところはここ!
変更履歴
2024/08/12
2023/01/02 初詣(更新部分は「2024年1月2日」」)
2023/01/02 初詣(更新部分は「2023年1月2日」」)
2022/07/28 みたらし祭2022追加。摂社・末社更新(更新部分は「2022年7月28日」)
2022/06/04 プチ修正
2022/04/21 写真増量。お正月、みたらし祭を年ごとに分けた
2022/01/03 初詣に行ったので、写真増量
2021/08/23 写真追加。「▼祭り:歩射祭事」「▽境内風景」
「▽楼門」「▼写真:下鴨神社パワースイーツ!?」
など追加
2021/08/01 初版
HP
祭神
西殿-賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)
東殿-玉依媛命(たまよりひめのみこと)
山城国『風土記』などに、玉依媛命が鴨川で禊をされているときに、上流より流れ来た丹塗の矢を拾われて床におかれたところ、矢は美しい男神になられ、結婚して賀茂建角身命をお生みになった。
▼見どころ
『日本書紀』には紀元前658年には神様を祀っていたとに記されている
紀元前90年に神社の瑞垣の修造が行われたという記録がある
698年の『続日本紀』には、葵祭に大勢の見物人が来るので警備せよという命令が出たと記されている
奈良時代から朝廷から崇敬を受け『源氏物語』や『枕草子』の舞台として登場
平安京遷都前には、都がなかなか定まらず厄災が続き、都の造営前には下鴨神社で祈願が行われた
平安京は、1000年近く京都に在り続け、国と京都の守り神・皇室の氏神として特別な信仰を受けるようになった
1994年には世界遺産の一つに登録
祭神は東御本殿が「玉依媛命(タマヨリヒメ)」、西御本殿が「賀茂建角身命(カモタケツヌミ)』で、賀茂建角身命は玉依媛命の父である
賀茂建角身命は、もともとは神武天皇が熊野から京に入る際に先導を務め、その後、京都を開かれた神といわれ、天皇家の守護としての役割を持つ
山城国風土記や古事記には、タマヨリヒメが鴨川で禊をされているときに、上流より流れ来た丹塗の矢を拾われて床におかれたところ、矢は美しい男神になり結婚
古事記・日本書紀には、賀茂建角身命を「金鵄八咫烏(キンシヤタカラス)」として功績が伝えられている
拝殿・本殿の前には「言社(ことしゃ)」という7社があり、オオクニヌシを祀る
三井神社は、下鴨神社の原型をあらわしている重要な神社で実は一番古い
比良木神社の社殿は、下鴨神社の本殿だったものが1629年の式年遷宮で移築されたもの
参道側から紹介。
▽河合神社、任部社(とうべ)、貴布禰神社、六社
下鴨神社の摂社として古くより祀られ、女性守護としての信仰を集める社。祭神には神武天皇の母・玉依姫命を祀り、玉依姫命は玉の様に美しい事から美麗の神としての信仰も深い。
拝殿右にありますね。この石を手で触り、その触った手で顔をスリスリすれば、白く美しい肌が得られ、美人になるといわれている。美麗祈願に訪れた方人気の霊石です。
三大随筆の一人である「鴨長明」はこの神社の禰宜の息子として幼少時代を過ごした。長明が晩年過ごしたと言われる建物を再現した「方丈の庵」が展示されている。
↓2022年7月28日---------------------------------------
「方丈の庵」がなくなっている~!!!!!と思ったが、移設中でした。移設場所は後ほど紹介します。
↑2022年7月28日---------------------------------------
任部社はヤタガラスを祀っていることから、サッカーボールが奉納されたりしている。
貴布禰神社です。河合社・本殿の左にある社で、祭神のタカオカミで水の神であり竜神。漢字は違うが所謂、貴船系の神社。川の水を守っているのかも。
河合神社:六社(ムツノヤシロ)合祀殿です。河合社境内左に建つ6社合祀殿。江戸時代の式年遷宮のとき各社が一棟となったようで、祭神は次の通り
○諏訪社:祭神は「建御名方神(タケミナカタ)」で、オオクニヌシの次男坊で諏訪大社が本宮。
○衢 社(ミチ):祭神は「八衢毘古神(ヤチマタヒコ)」・「八衢比売神」で道・道の分岐点の守護神。導きの神といえば「サルタヒコ」だが、たまにこの神様に出会う。
○稲荷社:祭神は稲荷系の「宇迦之御魂神(ウカノミタマ)」で、稲荷の神
○竈社:祭神は「奥津日子神(オクツヒコ)」・「奥津比売神」。
○印社:不明。印鑑の神格化?
○由木社:祭神は「少彦名神(スクナヒコ)」で、オオクニヌシの右腕で、農耕・医療の神。
▽河合神社:三井社
気づいた・・下鴨神社の通常非公開にもこの社あるな。本殿左にある正月など特別日のみ見られますが、河合神社はいつでも参拝可能。
▽参道:相生社(あいおいのやしろ)
祭神は宇宙の生成力を神格化したといわれる「産霊神(むすびのかみ)」とのことから高皇産霊神(たかみむすび)・神皇産霊神(かみむすび)から「結ぶ」で「ご縁」で女性陣に人気?
この横に様々なお守りを売っている店がある。
▽参道、古代祭祀場
古代祭祀場
では境内へ!
▽楼門
楼門@重文には菊の紋があるのは皇室の守り神であるから。
楼門内側から
▽境内風景:舞殿
楼門をくぐると
▽出雲井於神社(いずもいのへ)・岩本社・橋本社
1629年の式年遷宮のときに本殿が移築されたもので、最も古い社殿(1561年)で祭神はスサノオ。ちなみに岩本社と橋本社含めて社殿は重文である。岩本社と橋本社については、上賀茂神社にも境内末社として祀られている。
▽拝殿・本殿・葵殿・言社
西本殿には賀茂建角身命、東本殿には玉依媛命が祀られている。松尾大社のオオヤマグイと玉依媛命の子供が上賀茂神社の祭神となる。本殿は正直見えないのだが、祈祷を受けると見れますし、毎年7から9月の「本殿・大炊殿特別公開(別途拝観料必要)」で見れる。
ちなみに河合神社の玉依姫命は神武天皇の母で、貴船神社の奥宮にも、神武天皇の母「玉依姫命」が祀られ、貴船神社は上賀茂神社の拙者だった時期がある。
拝殿周辺には、干支ごとに7つに分かれている社がある。
祭神は出雲大社のオオクニヌシの別名である神様たち。境内にはスサノオもおり、加茂族は出雲系?と思ったりしてしまう。最後に社殿は全部、重要文化財。
▽唐門、三井神社
普段は以下の写真の通り、唐門外から見るしかないが正月だと中に入れる。下鴨神社よりも創建が古く、もともとは上賀茂神社の摂社であったが、朝廷の政策により独立して、その後の下鴨神社の基礎となったとも言われている。
拝殿左に行くと唐門、三井神社などがある。常時公開はしていない認識で、お正月などは公開されているので参拝時は要注意!
↑下鴨神社の三井社と↓河合神社の三井社の由緒比べ
玉依媛命の父・賀茂建角身命と母・伊賀古夜日賣命の親子3社となる。上賀茂神社の御祭神からすれば、賀茂建角身命と伊賀古夜日賣命は祖母ですね。タマヨリヒメは母で、父はオオヤマグイと言われている。つまり、秦氏の氏社・松尾大社ですね。
この3社の雰囲気が大好きですね。
三井神社は、『山城国風土記』の鴨社の条に「蓼倉里三身社」(たでくらのさと)とある社。
賀茂建角身命(中社)
伊賀古夜媛命(東社)
玉依媛命(西社)
末社に諏訪社、小杜社、白鬚社があり、1629年の式年遷宮のとき造替され重要文化財。伊賀古夜媛命は賀茂建角身命の妻で、玉依媛命は子。
この社は正月など期間限定で見ることができる。
お正月!
▽本殿裏(特別拝観)
神社が好きな人で本殿裏などを見たがる人はいるかと。ここもできます!
写真でどうぞ。
本殿裏からの参拝場所があります。
▽井上社(別名:御手洗(みたらし)社)
川の源流の上に立っていて、井戸の上に立っていることから「井上社(いのうえしゃ)」となっている。祭神は水の神「瀬織津比売命(セオリツヒメ)」で祓戸四神の一柱。
社殿の下から水が湧いており年間を通して1水温は18°と変動がないそう。毎年5月15日の葵祭の前には斎王代がこちらで禊の儀をされます。また、土用の丑の日の「足つけ神事」は多くの参拝者で賑わう。奉納すれば境内に提灯を飾ってもらえる。
※夜のほうが良いかも。
写真は後述の「▼写真:夜のみたらし祭」参照。
祭神は「瀬織津比売命(セオリツヒメ)」。大祓で祓われた罪穢れを大海原に祓いやるとされる祓い神で、謎多き女神。
由緒によると「前身は、879年9月25日条をはじめ諸書にみえる唐崎社である。元の社地は、高野川と賀茂川の合流点東岸に鎮座のところ、文明の乱により1470年6月14日焼亡したため、この地に再興になり、1629年の式年遷宮より官営神社となった」とある。
▽鴨社直会殿泉聲
↓2022年7月28日---------------------------------------
本当は結婚式の待ちはここでしたかったのですがね。下鴨茶寮でしたね。。それはさておき、伊勢神宮の古材なんですよね。
↑2022年7月28日---------------------------------------
▽境内左:遥拝所→伊勢神宮式年遷宮古材の社殿→奈良殿神池→古代祭祀テクテク
↓2022年7月28日---------------------------------------
昔はなかったはずの遥拝所から楼門・回廊を出て右側の楼門に戻る人が多いが、私たちは左へ!あれ??ここ入れたっけ??妻と行ってみよう!!
古代祭祀場!!
↑2022年7月28日---------------------------------------
▽境内西:祓 社
境内西の鳥居を出て、道なりに右へ曲がった先にある小祠。祭神は玉依姫命・賀茂建角身命・祓戸大神となっている。普通、表参道入口にあり一番初めに参拝するところが多いが、ここは西側入り口に鎮座している。
▽境内西:印納社
由緒より「御本宮の御垣内に古くから祀られている印璽社の御祭神を祀り、ここに古印を納め、ご守護を仰ぐ神社である。また、この一帯は、平安初期より室町まで、賀茂斎院御所(文明の乱により焼失)のあった由緒地である」とある。
印鑑?なくなるよな・・。祟りが起こるかも!?
▽境内西:愛宕社・稲荷社合祀殿
印納社の西方にある。
▽境内南西 ※2022年7月28日追加
ここからは河合神社から小川手前のところ、流鏑馬神事の場所を歩くと言えばわかるかな・・・。
→境内南西:河崎社 ※2022年7月28日追加
伊勢神宮125社の摂社・末社のような神殿ですね。そして向こう側に、河合神社にあった鴨長明の家と思われるものが・・。行ってよいのかな・・。
→境内南西:二十二所社(祭神:鴨氏二十二譜始祖神)※2022年7月28日追加
祭神は「鴨氏二十二譜始祖神」で、神武天皇、崇神天王と「ハツクラシ」という「初めて」という名を持つ天皇から与えられ祖神を祀る・・。八咫烏って明示的に書いてますやん・・。
1770年に当時の禰宜とその子の2代にわたって鴨伝承や歴史的資料、記録類を集成し、1799年に完成させた「鴨縣纂所」によると、滋賀県の日吉大社に下鴨神社本宮の祭神である玉依媛命と同神が祀られており、この社を遥拝所としていた時期があったそうで、一時期に日吉社と呼ばれたそうな。
下鴨神社の本宮の祭神・賀茂建角身命の氏始祖・神皇産霊尊・天神魂命から始まり、賀茂建角身命の子・玉依彦命、その子孫の鴨氏祖先の社。
1959年の式年遷宮に社殿を造替を試みるが、用材不足で新殿の完成せず、摂社・三井神社中社へ遷座されていたようだ。
→境内南西:雑太社
祭神は「神魂命(カンタマのミコト)」は球技上達の御利益があるそうな。1910年に関西で初めてラグビーが行われた場所。
球技の神様「神魂命(かんたまのみこと)」を祀る。前には関西ラグビー発祥の地を示す「第一蹴の地」の碑がある。新しい社の認識。
→境内南西:垂水
→境内南西:賀茂斎院御歴代 斎王神霊社(いつきのみやのみたまのおやしろ) 祭神:斎王
平安時代から鎌倉時代にかけて賀茂社(下鴨・上賀茂神社)に奉仕した皇女(斎王)の御所のことで、その斎王の神霊を祀る末社。斎王は810年から約400年間、35代にわたって引き継がれた。今では葵祭で斎王が祭りを主宰していますね。
▽境外摂社:賀茂波爾神社(かもはに)
下鴨神社の境外摂社で、通称「赤の宮」と呼ばれ、祭神は「波爾安日子神(ハニヤスヒコ)」・「波爾安日女神(ハニヤスヒメ)」。説明に「アマテラスの御弟神」とあるが、記紀にいみえる弟神はツクヨミとスサノオであるので謎。
境内には『波爾井清水』という湧水があり、地元の人が水を汲みに来るところで、地元に馴染んだ神社ともいえようか。住所は「京都府京都市左京区高野上竹屋町36」です。
最後に、通称「赤の宮」の名前由来について諸説あるようで、個人的には、伏見稲荷から「赤の宮稲荷」から今のように呼ばれたという説があります。
伏見稲荷大社にも賀茂氏が嫁いだとわかる社があり、繋がりはあるんだなと思う一説である。
▽境外摂社:御蔭神社
下鴨神社の境外摂社で、祭神は「賀茂建角身命荒魂」・「玉依姫荒魂」と下鴨神社の和魂と対になっていることから、奥宮の位置づけと思っている。由緒に「この社地は、太古鴨の大神が降臨された所と伝えられるところから御生山と呼ばれており、東山三十六峰第二番目の山である。また、太陽の直射す所、すなわち御蔭山とも呼ばれ、社名はこれに因む。」と記されている。
平安時代には、“下鴨社の神がはじめて御蔭山に降臨した”との説が流布しており、そこから、当地を御生の地として、「下鴨社の元宮」とも呼んでいたという。
下鴨神社の大祭「御蔭祭」のとき、下鴨神社からここへの御行神事、及び下鴨神社への還幸神事がおこなわれる。上賀茂神社の御阿礼神事に相当する祭り。
▼お正月
→2013年
→2014年
→2015年
→2016年
→2017年
→2018年
→2019年
→2020年
→2021年
※写真なし
→2022年
→2023年
→2024年
▼お祭り
→1月4日「蹴鞠はじめ」
→3月3日「京の流し雛」
→5月3日葵祭「流鏑馬(やぶさめ)神事」
流鏑馬神事は葵祭の道中の無事を祈る神事。
→5月5日葵祭「歩射祭事」
人が多いです。早めに行って(席はないけど)場所を取りましょう!
お祭りの歴史は下鴨神社公式HPより抜粋します。
↓楼門を超える矢
→5月「糺能「翁」」
まだまだ知らない神事があるな・・。また機会があれば行こう。って高いな・・。老後かな・・。
→みたらい祭(足つけ神事)
平安時代、貴族は季節の変わり目に禊祓いをして罪、けがれを祓っていた。境内の御手洗池に裸足で入り、御神水を飲み心身を清める。楼門前には納涼市のテントが並び、みたらし団子をはじめ、京都の老舗名店が出店する祭り。
ちなみに、鎌倉時代まではセオリツヒメを祀る井上社前で、参拝者が普段から禊をしていたことが分かっており、室町時代から境内には「みたらし団子」を売る茶店などで賑わったとか。そんな中、明治になり政府より廃止するよう通達があったが、神社は拒否し「井上神社例祭」とし今に至る。
→~2021年
→2022年
→2024年
2024年下鴨神社「みたらい祭(足つけ神事)」記録!禮殿完成!!|やんまあ (note.com)
→写真:昼の「みたらし祭」
お祭りの歴史は下鴨神社公式HP参照くださいm(__)m
→写真:夕方の「みたらし祭」
→写真:夜の「みたらし祭」
→夏越神事(矢取神事)
→御蔭祭
15日の葵祭を前に行われる。御蔭神社に鎮まる御祭神の荒魂を下鴨神社に迎える神事。非公開。
→葵祭
→氷室開き神事
▼写真:下鴨神社パワースイーツ!?
↓写真で紹介!?
氷室のかき氷@さるや
再現!さる餅@さるや
豆大福@出町ふたば
みたらし団子@加茂みたらし茶屋
▼もう一つの「葵祭」
▼神社まとめ:「二十二社制」と「勅祭社」巡りなど
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