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"consisting of"は、特許要件に関係しない箇所では「で構成される」と訳してもいいのでは

特許翻訳(あるいは、特許明細書起草)の初学段階で出てくるのが、オープンエンドクレームとクローズドエンドクレームの違い、及び、これらの違いを明記するための表現です。


・オープンエンドクレーム=列挙した構成要素以外の構成要素も含むことができる

・クローズドエンドクレーム=列挙した構成要素以外の構成要素は含むことができない(除外する)


という違いで、日本語だと、一般的に前者を「を含む」で、後者を「からなる」という表記を用いることで明示的に区別します。


ただ、知財高裁平成28年(ネ)第10046号事件、所謂「オキサリプラティヌム事件」に見られるように、日本語での「含む」「からなる」は、厳密に使い分けがされている、というものではなく、どちらかと言うと、アメリカで明示的・厳密に区別されている、オープンエンドクレーム=comprising、クローズドエンドクレーム=consisting ofに対応する訳語(日本語表現)として、それぞれ「含む」「からなる」という表現が存在している、と考えるのが、より実体に即していると言えるのかもしれません。


外内(英日)の特許翻訳をする場合、当然ながら、基礎出願となる米国で出願された英語明細書を訳すことが多いので、これらの記載の違いは厳密に訳し分ける必要がありますし、私もそのようにしています。


ただ、これはあくまで特許請求の範囲、及び、それに関連する実施形態における対応であって、明細書に見られる全ての"comprising"、"consisting of"を、機械的に「含む」「からなる」と訳しわけるのも違うのではないか、と最近は考えるようになりました。



これは化学・バイオ分野の特許明細書に特有のことかもしれませんが、これらの分野の明細書だと、特許請求する内容以外でも、実施例で用いる化合物あるいは成分(細胞の厚生成分など)を説明する際に、"comprising"、"consisting of"を用いる場合が往々にしてあります。


例えば、水素化処理触媒に関する以下のような表現。

A hydroprocessing catalyst typically consists of one or more metals deposited on a support or carrier consisting of an amorphous oxide and/or a crystalline microporous material (e.g. a zeolite).

英文例1

これに対応する試訳として、例えば以下はどうでしょうか。

水素化処理触媒は通常、非晶質酸化物、及び/または結晶性微多孔性材料(例えば、ゼオライト)で構成される支持体または担体に付着した、1種以上の金属で構成される

試訳例1


あるいは、実施例ではなく、明細書内で特定の用語を表現する場合に、以下のような文章が出てくる場合もあります。


TAM kinases are characterised by an extracellular ligand binding domain consisting of two immunoglobulin-like domains and two fibronectin type III domains.

英文例2

この対応訳としては、例えば以下のようなものがあります。

TAMキナーゼは、2つの免疫グロブリン様ドメイン、及び2つのフィブロネクチンIII型ドメインで構成される細胞外リガンド結合ドメインを特徴とする。

試訳例2


これら2つの英文は、私がこれまで対応した案件の中から、"consisting of"を「~で構成される」と訳した対訳のペアを、手元にある翻訳メモリで検索して引っ張り出してきたものです(なので、原文の特許番号が分かりません…。恐らくですが、似たような表現・文章は、多くの化学系・バイオ系明細書で見られることと思います)。


これらの例では、英語で明細書を書いた人も、所謂クローズドエンドの意味でconsisting ofを用いているわけではないと思います。そもそも、このような文章は特許請求の範囲とは直接関係ない内容ですし(当然、明細書全体を読んで、明細書の記載と、特許請求の範囲を照合する必要があるわけですが)、英語には本来、通常の用法で(つまり、特許用語としてではなく)"consist of"が「~を構成する」という意味で用いられます。


恐らくですが、英文を書いた人も、これらの文章では、そのような「一般的な意味で」consist ofを用いていると思われます。


こういう場合に、特許表現に則って(?)"consisting of"を「からなる」と訳すのは、違うのではないか、と考えます。


もちろん、特許請求の範囲でこの表現が用いられている場合や、具体的な化合物などの列挙において、例えば、"Suitable preformed peracids include, but are not limited to, compounds selected from the group consisting of"のように、"the group consisting of"というひとまとまりのフレーズでこの表現が用いられている場合は、特許英語の文脈に従って、忠実に「~からなる(群)」と訳すべきでしょう。


ただ、このような意味合いで用いていない場合においては、"consist(ing) of"という表現は、単に「~で構成される」という意味で用いられている、ということも、翻訳者としては考えておく必要があるかと思います。


特に、明細書内に、「本明細書では、"consist(ing) of"は、クローズドエンドの意味を持つ表現として用いられる」のような文言が加わっている場合には、それを日本語で表現することで、「"からなる"という表現は、クローズドエンドを意味し、記載していない内容は除外する」ということが明示的に記載されてしまいます。

このような場合に、請求項と、それに関係する文脈以外で、単に「構成する」の意味で"consist(ing) of"が用いられている場合でも、機械的に「からなる」という訳を当ててしまうと、記載内容が不必要に狭まってしまうのではないでしょうか。

(ただし、そのように記載が狭まったとしても、特許請求の範囲と直接関係ないのであれば、特段影響はないとも言えそうですが…)


前回の記事では、

「別の表現が明細書で用いられている場合は、混同が起こらないようにきちんと訳し分けるべき」ということを強調したのですが、今回はそれとは逆の、「同じ表現が用いられていても、別の表現で訳し分けたほうがいいのではないか」という例を紹介しました。




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