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「私」を取り戻した

12月末から、冬休みだった。
大学生だから、休みはそんなに長くない。
十日ほどの短い休みだ。

秋休み以来、およそ三か月ぶりに、実家に帰省することにした。
荷物は、トートバッグとフェイクレザーの黒色のポシェット、ノートパソコン用の少し大きなバッグだけ。
バスで五時間ほどかけて、実家にたどり着いた。

私の家は、三か月前とあまり変わっていなかった。
変わっていない私の家と対照的に、私だけが変わってしまったような気がした。

秋休みのあたりから、私は強く「変わろう」と思うようになっていた。
せっかく親元から離れたんだから。
もう少しで大人になるんだから。
「このままの自分じゃだめだ」
「もっと広い世界に行きたい」
と心の奥底で、何かがふつふつと燃えていた。

それから、たくさんの新しい価値観に触れて、自分が成長しているような気になっていた。
毎日頭を使って、悩んで、試して、「頑張って」いたような気がする。

そうやってきて、一か月前あたりから、
「辛い」
「休みたい」
と、もう一人の自分が訴えていた。
もう一人の私はその声を無視していた。
「今戻ったら、また変われないんじゃない?」
「なんでそんなに弱いの?」

今思えば、私は徐々に疲弊していたのだと思う。
朝、起き上がることが辛かった。
夜、お風呂に入ることが億劫になった。
周りの人と価値観が違いすぎて、相談できなかった。
相談しても、何にもならないような気がしていた。
そして、その時は、自分がそんなに擦り切れていたなんて思ってもいなかった。

実家に戻って、少しは休めるかな、と思っていた。
そしたら、私にとっては「家族」が「家族」じゃなくなっていた。
私にとって「家族」は、私と同じ根っこを持っている、一番近しい存在だった。
でも、この三か月、私がいろんなことにアンテナを伸ばして全力疾走している間に、価値観が少しずつ離れていってしまっていたようだった。
何だか、寂しくて、居場所がないような気がした。

「家族」は、「他人」であることに、今更気が付いた。

帰省後、数日間はまた一人で「頑張ろう」としていた。
私の考えていること、わかってくれる人なんて誰もいないんだから。
そうやって、実家にいながら一人暮らしみたいに過ごしていた。

軽い「うつ」みたいになっていた。
やっぱりお風呂に入るのは億劫だった。
家族の喧嘩している声が、ストレスだった。

少したって、熱を出した。
39.0℃。
平熱が35.0℃だから、かなりの熱だった。
お父さんが病院に連れていってくれた。
伯母さんが仕事終わりに何回も家を訪ねてくれた。
弟が頭をなでてくれた。
お母さんが優しく声をかけてくれた。

私は、熱のおかげで少しだけ素直になることが出来た。
仕事の休暇期間だったお父さんと、他愛もない話をしていて、
「ああ、自分はまだまだ子供だ」
と思った。
「なんでこんなに気を張っていたんだろう」
「なんでこんなに自分を痛めつけていたんだろう」
と思うと、また泣いてしまった。

熱が出てから下がるまで、当たり前だけど、「安静」にしていた。
下がってからも、だらだら過ごしていた。
やらなきゃいけないこと、つまり他人に迷惑をかけてしまうことだけこなして、あとは自分に今まで課していたことをすっぱりやめた。

見たかったアニメを見た。
「夏目友人帳」と「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」と「蛍灯の杜へ」。
見たかった漫画も見た。
「鬼滅の刃」全巻と「私の少年」の最新刊。
アイスを一日に二個も食べた。好きなYouTubeのチャンネルを毎日眺めた。

そうやって過ごしているうちに、気が付いた。

「幸せ」って、こんなに単純なものなんだ。

私はいつのまに、幸せを感じるセンサーを鈍らせていたんだろう。

幸せって、頑張らなきゃ、努力しなきゃ、手に入らないものだと思っていた。

「もっと成長したい」「もっとお金が欲しい」「もっと綺麗になりたい」
そうやって、「もっと」が積み重なって、幸せを無いことにしていた。

幸せは、いつだって隣にいてくれたのに。

せっかくの幸せを、見つけてあげられなかった。

全力疾走して、頑張って、疲れて、周りの景色を見渡す余裕をなくしていたんだ。

お正月、帰省して良かった。

十日間という短い期間だったけれど、家族のぬくもりに触れて、本当に大切なことを思い出せたような気がする。

前までは見逃していたものが少しずつ見えるようになった。

コーヒーから立ち上る湯気とか、周りの人の表情とか、ブレスレットのビーズに刻まれた模様とか、ペンを紙に走らせる音とか、そんな、些細なものたち。

そんなものが寄り集まってできている日々が、大切なんだと。

そんなものが、私の人生なんだ。

大丈夫。
私は私を取り戻せたよ。

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