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三丁目の夕日のあとの小説たち。『日本の同時代小説』斎藤美奈子


明治大正の小説の歴史を知りたいなら、中村光夫『日本の近代小説』。同じ中村さんの『日本の現代小説』は昭和の文学史。でも、1960年以降の小説の歴史は、まだ書かれていません。奥村健男『日本文学史』も、篠田一士『日本の現代小説』ドナルド・キーン『日本文学史―近代・現代篇』も、60年代末までとのこと。

その後もたくさん小説が書かれたのに、文学史がまとめられていないのは、作家を○○派みたいにまとめにくくなり、ワープロやパソコンが登場し、インターネットと携帯電話の時代になったから。世界情勢も日本の政治経済も、街のようすも家族のありかたも、とにかくすべてが変わったからだと斎藤さんはいいます。

そんな時代の変化を、とりあえずざっくり10年毎で区切って、それぞれの時代にどんな小説が書かれたか、どんな傾向が見えるかを斎藤節でまとめたのがこの本。先日読んだ『中古典のすすめ』とセットになっています。両方よむと、かなりじっくり文学の流れがわかります。

『中古典のすすめ』が、1つの作品を中心に紹介してくれる本だとすれば、『日本の同時代小説』は、複数の作品をとりあげて社会背景をしっかり説明してくれる本。純文学に重点を起きつつ、エンタメやノンフィクションにも目配りされているのがうれしいです。

1960年代は、明治20年から続いた日本の近代文学が大きくゆらいだ時期。従来、政治と文学はとても近かったのに、安保闘争が終わる頃には、インテリの権威もすっかりなくなりかけて、「人は如何に生きるべきか」を考えた純文学も価値を失っていきます。そもそも、昔も今も、売れるのは圧倒的に大衆文学で、この頃は「中間文学」という言葉も生まれたとか。

1970年代には、高度経済成長にオリンピック、大阪万博が盛り上がった後、日本はオイルショックに揺れ、公害問題が大きく取りざたされ、ベトナム反戦運動なども広がりをみせました。この時代にはノンフィクションや記録文学が盛んに執筆され、真面目に深刻に社会問題を扱ったし、戦争ものもたくさん出版されたそうです。

1980年代は、その反動でリアリズムよりもフィクションがもてはやされるようになり、村上春樹や村上龍がデビュー。大江健三郎や井上ひさし、筒井康隆みたいな、わたしでも知っている名前が出てきます。そうかと思うと、少女小説が登場し、コバルト文庫を筆頭にブームになります。吉本ばなななんかも、この頃デビューだったんですね。

1990年代は、女性作家が大活躍しはじめる時代。芥川賞と直木賞の選考委員に女性作家が加わったのは、80年代末だそうです。ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終わり、元号が平成になり、バブルが崩壊します。高村薫、宮部みゆき、桐野夏生、小川洋子、江國香織さんたちの登場はこの頃でしたか。

2000年代は、「9・11」に規制緩和にリーマン・ショックということで、景気の低迷から売れる小説とそうでない小説の二極化が進み、インターネットの普及がそれに拍車をかけたそうです。キーワードは「格差社会」。ケータイ小説というジャンルも生まれ、インターネットの掲示板から書籍化される本も出ました。

そして、2010年代はなんといっても東日本大震災のインパクトが大きいです。ツイッターやフェイスブックなどのSNSが登場し、読書時間が削られていきます。経済の長期停滞からブラック企業の存在が表面化すると、ディストピア小説がもてはやされるようになります。また、老人介護の小説も登場しました。

ざっくり、流れだけをたどってもおもしろいですが、ところどころ気になった小説を、実際に手にとって読んでみると、また楽しいと思います。斎藤さんの名言に「読書家はすべて偏食家」というのがあるとおり、とにかく世の中にはたくさんの小説があって、個人の趣味は偏っています。

読書は個人的なこのみが中心ですが、ざっくりまとめてくれる批評家さんたちのお仕事もありがたいです。


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