大好きだった翻訳家さんの想い出。『風景と自由 天野健太郎句集』
2008年夏、大好きだった翻訳家さんが亡くなった。彼の名前は、天野健太郎さん。年齢は私より、少し下。彼の訳した本は、どれもこれも大好きだった。
最初に読んだのが龍応台著『台湾海峡一九四九』。台湾人の友人には、彼女が好きではない人が多いけれど、私は大好きだった。台湾で買った彼女の中国語のエッセイ集は、中国の友人に貸したっきり返してもらっていない。仕方ないので、また買おうと思ったけど、どういうわけか今だに同じものはみつからない。
次に読んだのが呉明益『歩道橋の魔術師』。これは、ちょっと台湾の泥臭い感じが苦手。おもしろくないわけじゃないんだけれど、戒厳令の残り香みたいな、初めて台湾に行った1995年のあの頃に見た円環の風景を連想する。
その次に読んだのが陳浩基『13・67』。香港の作家さんのものすごくおもしろいミステリ。1967年から2013年までの香港を舞台に名刑事とその弟子が関わる事件の数々。この本を読むと、返還前の香港の情景が浮かんでくる感じ。映画でいえば『甜蜜蜜』(ラブソング)とか、『重慶森林』(恋する惑星)そんなクラシックなやつ。
圧巻だったのは呉明益『自転車泥棒』。もう、これは小説だけど歴史だし、幻想的で現代的でとにかくよかった。いなくなった父親と彼の自転車をたどり、現代の台湾から少しづつ過去へたどっていく物語。そして、戦時中に台湾から東南アジアへ派遣された「銀輪部隊」。彼らがたどる現地のジャングルと案内をする現地の人々のとまどい、そして象の嘆き、鬱蒼とした深い森。
台湾から東南アジアに至る文化、歴史に虚実が入り組んだ複雑なストーリー。読んでいると、現地の熱と泥の感覚が伝わってくるようで、饒舌すぎる語りは圧倒されるほど。原文も確かめてみたいくらいだけど、私に歯が立つかどうか。そして、これが遺作になってしまうとは想像もしなかった。悲しかった。
天野さんが俳句を読む人で、彼の残した俳句が本になると知ったのはTwitter。絶対、いい本だという予感がした。自分の仕事もいろいろあって、悲しいこともあるけれど、でも、天野さんの句集を毎日、2,3ページづつ読む毎日は、とっても贅沢な気分になれる。
俳句は無限にある そこに風景と自由さえあれば
いつもページをめくった場所にある、ステキなエール。
いつも 心に 自画自賛
狭い我が家なので、最近、趣味の本を買うときには電子書籍が多いけれど、この本は久しぶりの紙の本。厚めの真っ白なページの感触と目に飛び込んでくるステキな活字。リズムある言葉。みずみずしい感性。がんばった自分へのご褒美です。ふふふ。