有名な作家さんとその家族の物語。『星新一 1001話をつくった人』最相葉月
星新一『明治の人物誌』がおもしろかったので、評判の本書も読んでみました。そして、期待通りでした。
星新一のお父さんは、日本が台湾を植民地にしていた時代の有名な人。製薬会社の社長さんです。そして、当然ながら戦前の台湾だけでなく、満洲なんかともかかわりがあります。当時も今も、製薬会社と政治家の結びつきは強いです。
数年前にはピンとこなかったかもしれませんが、コロナ禍を経験した今なら、ものすごくよくわかります。当時はコレラだったそうで、伝染病を媒介するのは軍隊。大量の人の移動です。それから、台湾の場合はマラリア対策も大変だったとか。
そして、政治家との結びつきが強いということは、政争に巻き込まれるということ。ワンマン社長だった父の死後、若くして重荷を背負った長男の新一。彼はそこから、SFやショート・ショートの世界へ逃れた過程がよくわかります。
それは、星新一自身が膨大な史料を残しているということもあり、作者の最相さんの聞き取りのとてつもない労力もあるから。読ませる文章というには、ちょっと部分的には荒削りですが、そこがまた最相さんの魅力でもあると、個人的には思っています。つまり、ファンなのですが。
星新一が、明治の人物を描くことで父親を描いた『明治の人物誌』になぞらえて、最相さんは星新一を描くことで昭和っていう時代を描きたかったのかもしれないと思えるほど、本書はときどき星新一から外れた部分にも、すごく丁寧に言及しています。それは、最相さんが、星新一本人をしっかり描くためには時代もしっかり書き込まなければと思ったのだと思います。
本書の辛口レビューの中には、「彼女の作品はいつも自分プロデュース」云々とあるように、確かに最相さんの文章はアクがあるし、彼女のノンフィクションは、描かれている人物よりも調査している自分とその過程がわりと前面に出てきます。私はそこが魅力だと思うけれど、同時に欠点ともいえます。本書を褒めてる人たちは、こぞって労作って言っています。つまり、星新一の描かれ方ではなく、調べた著者を評価しているんですね。
星新一さんは、「世の中要約できないものは何もない」と言い切ってしまえる才能と欠点を持った偉大な作家さん。なので、本書で彼個人の物語を期待した場合には、やっぱりちょっと物足りないと思います。でも、星新一と彼の生きた時代を荒削りにまとめたノンフィクションとして、私はおもしろかったです。