
公文書、私文書、オーラルヒストリーからみる。『帝国軍人』戸高一成、大木毅
『独ソ戦』がベストセラーになった大木毅さん。ドイツ軍事史の専門家だと思っていたけど、若い頃は昭和史や日本陸海軍専門のジャーナリストとして雑誌『歴史と人物』の編集に関わっていたとか。一九八〇年代は、まだ陸海軍の将官や大佐クラスの方がご存命で、話を聞いたり原稿を執筆してもらう中で、いろんな経験をされたとか。その内容は絶望のオンパレードでした。
まず、旧日本陸軍は人数が多いので「ヤマタノオロチ」みたいに派閥が入り組んでいる。だから、暴露合戦をしたり、戦後は戦友会に行かなかったりする人もいる。逆に、海軍は人数が少ないので一枚岩で戦後の人間関係も階級のまま。取材しやすく、事実が明るみに出やすいのは陸軍で、戦後につじつま合わせをした海軍は、いろんなことがわかりにくい。でも、とちらも官僚的で、公式には過ちを絶対に認めない。
例えば、ある陸軍少将はインタビューで感極まって、フィリピンの自分の失敗を涙ながらに悔やんでみせた。実際、彼の作戦で戦車第二師団が全滅している。でも、彼の手記は反省や呵責がかけらもなく、りっぱに戦ったことになっていた。そして、それはほかの作戦課の軍人たちも同様だった。
一方で、情報将校と呼ばれる軍人たちは、データ収集が仕事なので、話す内容が明晰で論理だっていた。作戦課の人たちには「俺たちが苦労して分析、判断した情報を作戦課のレン中は聞きゃしない」と恨み骨髄。情報を無視して作戦をたてたので、軍隊は大損害をうけた。これは海軍も同じ構図。
ちなみに、現代の私たちは情報収集というと『ジョーカー・ゲーム』みたいなスパイ活動を思い浮かべるけれど、実際の情報収集は語学力をベースに、一般公開されている対戦国の雑誌や新聞情報を網羅し、引っかかるものを整理して分析するのが日常だそうです。
日本の陸海軍は情報を軽視する部分だけでなく、血みどろになる勝利でないと認めない。つまり、頭脳をつかってスマートに勝つ、諸葛孔明のような軍師の作戦は受け付けない。逆に、死屍累々積み重ねる二百三高地に満足するそうです。
さらに悪いことに、日本軍人がいう「名将」は指揮のうまさじゃなく、統率で評価。たとえヘボ指揮が大勢の兵を殺しても、人あたりがよくて人格的に高潔な人や軍人らしい人が評価された。ソリャ、センソウニマケルワ…
軍人さんが戦後に書いたものは、必ず確認しないといけない。前述のように失敗したことは書かないし、下手をすると書く度に内容も変わる。同じ部署の人がなくなると、その人の手柄の部分も自分のものにして書き残したりするので、後年に書くものほど手柄が大きくなる。
そんな海軍に都合の悪い話がでてくるようになったのは、戦後四〇年から五〇年もたってから。ノンフィクション作家の澤地久枝さんが、たくさんの資料を突き合わせて事実を書いたから。
陸軍の場合、南京事件が問題になったとき、元陸軍軍人の親睦団体の偕行社が陸軍の潔白を証明しようと元軍人に証言をあつめたら、「悪いことをしました」証言がたくさんあつまってしまい、予定とは真逆の『南京戦史』になってしまった話は有名。
でも、海軍はひたすら隠そうとする。元海軍の集まりに「澤地久枝さんを読んで話を聞く」計画が実現したとき、おエライサンがいならぶ居並ぶ中、澤地さんは堂々と資料にもとづき、「海軍の言っていることは違うのではないでしょうか?」とやってカッコよかったのだそうな。
軍隊の戦闘詳報は、戦いの後に書く報告書のことで、ごまかせる部分とできない部分がある。例えば、攻撃に来た飛行機を味方の目の前で撃墜したら、普通は敵の情報を取るためにも捕虜を拾っているはず。でも、ミッドウェイの戦闘詳報には一切捕虜の記録がない。つまり全員殺している。海軍としてはバレたらまずい。
澤地さんは公式の戦闘詳報以外に、元軍人が自費出版の回想録を読んで知っていた。そのまずい事例の1つは、拾った捕虜を駆逐艦のボイラーに入れて茹で殺したこと。編集者が後年、回想録を書いた下士官を編集者が訪ねていったら、「あのときはええもん見せてもらった」と笑っていたとか。ホラーみたい。怖すぎる。
それにしても、旧日本軍が官僚組織だってエピソードには事欠かなすぎ。戦争末期に天皇にその場しのぎの作戦情報を報告したら、記憶力のいい天皇は、その後きっちり確認してくるので、つじつま合わせのために無駄な戦闘を継続した話とか。戦後、GHQに呼び出しされた海軍の人は、行く前に「こういう呼び出しをうけた」と報告し、終わると「こう話した」とまた報告して対策したとか。現代の話かとおもってしまいます。
だから、研究する人は軍人の回想録や報告書はそのまま読んではだめで、「官僚としての作文」として分析しながら読まないといけない。地位があがるほどお役人気質は高くなって、自分の失敗を認めない。だから、基本的な軍事知識や軍隊知識は大前提で、加えて人脈や派閥を意識する必要がある。インタビューするときは、聞きたい内容はほぼ資料で確認しておき、当事者の語り口を確認するぐらいでないとダメ。
軍人のゴシップ情報は1つ1つでは何の意味もないけれど、まとめてみると派閥や人間関係が浮かび上がってくる。本書も、会話形式の読みやすい新書なのに、全部のページに付箋をつけたいような(しかも残念すぎる)内容ばかり。現代日本の会社や政府組織が、どれだけ旧日本軍みたいかがわかります。(悲しいけれど)おすすめです。