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戦争で残された人たちの物語。『銃後の社会史』一ノ瀬俊也


この本は、一ノ瀬先生が、全国各地の遺族会(第二次世界大戦までに戦争で家族を亡くした人たちの会)がまとめた追悼文集や戦争中の地域の広報、日本政府の調査書を網羅して書いたものです。

戦争に行く兵士と、それを見送る家族の話、駐軍地へ面会に行ったときの話、戦死通知が来た時の話、お葬式を準備した話から、その後の遺族補償まで、とても丹念に再現しています。涙なしには読めない部分がたくさんあって、特に幼い子供と病気の奥さんを置いて、戦争に行かなくてはならない若い父親の描写等は辛かったです。

そして、戦争で家族を亡くした人たちが大変だったというシンプルな話だけじゃなくて、予想もしないような驚く話も多かったです。例えば、一ノ瀬先生がこの本を書く時、参考にした「死亡広報(死亡通知書)」は、所属軍隊から遺族にあてて届いたものです。でも、現在ではそれがネットオークションで売られているそうで、一ノ瀬先生もヤフオクで購入したとか。

私も試しに、ヤフーオークションで「戦死」で検索したら、ありました、「日本軍の戦死哀悼文」の出品。驚きました。 そりゃ、祖父だか曽祖父だか、ほとんど面識がない人のものだし、持っていても使うわけにいきません。だから、ちょっとでも小銭になるなら、罪悪感なくオークションに出せるのもわからないではないですし、捨てるくらいならヤフオクはありかな?

でも、父方の祖父がビルマで戦死して、骨の一部だって戻ってこなくて、唯一、メガネだけが戻ってきたと祖母に聞いた覚えがあります。その後、祖母が母子家庭で苦労して母や叔父を育てたことも聞いているので、死亡通知書は「遺影」とか「位牌」に近いような感じです。ヤフオクに出すなんて、絶対無理。確か、叔父も祖母のお墓に入れてあげたはず。

一ノ瀬先生の本では、敗戦後も遺族の苦労は続きます。GHQの占領期、お役所の対応が一変したという話はイメージしやすいです。戦争中、兵隊に行くときだけ持ち上げて、敗戦後は兵士の生死確認もおざなり。遺族はお荷物扱いされるだけならまだいいほうで、戦争に行った人たちは犯罪者扱い。頼りになったのは、運良く責任感のある上官や親友がいた場合だけというのも想像できて泣けてきます。

もっとすごいのは、世間やお役所が敗戦前も遺族に冷たかった話。出征兵士の家族への手厚い援助は、あくまで「前線の兵の士気高揚のため」。だから、夫が戦死して困っている女性が地域に農作業の援助を申請しても「あんたのとこは、もう亡くなっているから」と断られた!という逸話には、開いた口が塞がりません。

夫が戦争に行ったら、なにかにつけ監視する隣近所。夫が死んだら、風呂をのぞきにくる村の男。生活扶助金をもらえば、妬まれ、陰口を言われる。子供は「父なし子」と差別される。しかも、夫の両親兄弟とは、政府の弔問金をめぐっていざこざが起こる。生活は当然楽じゃない。これじゃ、遺族は死に損としか思えないです。

こういう「不満」「不公平感」の積み重ねが、戦後、世の中の変化の中で、遺族会が団結して、日本の政治で一定の影響力を行使することにつながっていくとすれば、とても興味深いです。


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