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いい批評はいい紹介。『文学は予言する』鴻巣友季子

読み応えある鴻巣友季子さんの本。たくさんの海外の小説を読んで、翻訳されてきた方なので、話題も豊富で、内容深くて、何も考えずに読んでいるだけで楽しいです。しかも、次に何を読もうかな?と考えている人にもちょうどよくて、タイトルだけ有名で知っているけど、鴻巣さんの紹介で予想と全然違う内容なことを知って、興味が湧いたりもします。

この『文学は予言する』は、国内外の鴻巣さんが注目する作品をディストピア、ウーマンフッド、他者の3テーマ別に紹介しています。ディストピアでは、鴻巣さんイチオシの『侍女の物語』を中心に古代ギリシャから最近の日本の小説まで、とにかく豊富な小説たちでいろどってくれます。

私は、小説を読んでほっこりしたり、うっとりしたいタイプなので、世の中でディストピア小説が評判でも、できれば誰かが紹介してくれるのを読んで済ませたいです。だからこそ、きっちりと内容を紹介してくれる鴻巣さんの本はありがたい。

そもそも、ディストピアという言葉ですが、もともとは医学用語で内蔵なんかの位置異常を意味する言葉。それを哲学者のミルがユートピアの対語として使ったのが、いま使われるディストピアの始まり。でも、実際に文学で表現されるディストピアは、ユートピアの反対じゃなくて、誇張概念というのが驚きでした。

ひどい管理社会とか全体主義、独裁政治が特徴のディストピアなんて、全然うれしくないと思うのに、そういう世界は表向きは秩序があって平穏で、ユートピアとは見分けがつきにくくて、しかも紙一重。「すべてのディストピアには(少しは)ユートピアが混じっているし、すべてのユートピアには(少しましな)ディストピアの側面がある」のだとか。

あと、翻訳家さんらしい、小説のオリジナルと翻訳をめぐる話も面白いです。小説は、書かれた時代や書かれた国で受ける評判以外に、何年か何十年かして、外国で翻訳されて全然違う文脈で新しい読者を得て、多様な解釈や深い読みがされることを「後熱」「熟成」するというのだとか。すごい、文学ってウイスキーみたい。

小川洋子さんの昔の小説『密やかな結晶』が最近海外で出版されて、翻訳者がつけた副題のおかげで新しい脚光をあびて、賞を受賞したり映画化が決定している話はステキ。文学って生き物みたいですね。日本でも有名だけど、日本以上に海外で評価されている村田沙耶香さんとか川上未映子さん、ドイツ在住の多和田葉子さんの紹介なんかもうれしいです。私はあんまり、そういう情報をチェックできていないので。

一方でげんなりするのは、ウーマンフッドのキーワードで紹介される、妻という名の女性たちの活躍と報われなさ。マーラー、トルストイ、マルクス、シューマン、ロダン、アインシュタイン……。才能ある女性が、才能ある男性と結婚したばかりに、彼女の功績は全て夫のものになるって、日本や中国だけじゃなくて、本当に今も昔も洋の東西を問わない事例すぎて嫌になります。

他には、近年アメリカで注目されている詩が朗読も含めたパフォーマンスなのだとか、小説とその作家をめぐる話、アメリカやヨロッパの翻訳小説事情や新しい文学賞の新設、流行の移り変わりエピソードなどなど。もりだくさんで楽しくて、全部書ききれないのが悔しいですが、最後に他者テーマで1つあげるとすれば多言語的高揚感(バイリンガル・エキサイトメント)でしょうか。

人はなぜ、母語でない言葉にひかれるのか。バイリンガル・エキサイトメントという言葉は、アメリカ生まれで日本に移住して、日本語で小説を創作するリービ英雄さんの造語だそうです。異質な言葉との出会いに心ときめいたり、考えもしなかったことを考えたり、感じること。今までになかったような、世界の把握の仕方を言葉にする楽しみだとか。なるほどです。


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