
パワーアップした台湾ローカル色を堪能。『DV8 台北プライベートアイ2』紀蔚然(船山むつみ訳)
台湾好きにはたまらない、『台北プライベートアイ』続編。前作は台北が舞台でしたが、今作は淡水が舞台。街の様子とか、登場人物たちのいいところとか、ダメなところとか、だめダメなところとか、台湾っぽさが満載です。
主人公は、大学教員をやめて私立探偵になった呉誠。中国では探偵という職業は存在できませんが、台湾ならアリ。ただし、アメリカや日本と違って、やっぱりマイナーなので何の資格もなく、浮気調査をする興信所同様、胡散臭くみなされます。おかげで仕事は全然なくて、仕方なく興信所の手伝いをするか、コラムを書いて安い原稿料をもらう日々。
台北の家を追い出されて、呉誠が引っ越ししたのは淡水。観光客には優しいけれど、よそ者には冷たい(?)淡水で、呉誠が見つけた我が家はDV8というバー。DVはdeviate(逸脱する)の略、そして8は中国語のbarの語呂合わせ。美人のエマが切り盛りしていて、常連のダメンズたちが彼女めあてにたむろしています。
呉誠もエマに夢中になり、DV8に通っていたある日、依頼が舞い込みます。依頼人は、弁護士事務所で働く若い女性・何琳安。5才の頃に、三重で事件に巻き込まれた彼女は、その後台北に引っ越し、事件のことをすっかり忘れていました。最近になって精神的パニックを起こした彼女は、カウンセラーのススメで、一緒に事件に巻き込まれた、名前もわからない幼なじみの男の子を探して欲しいというのです。
手がかりは、20年ほど前に2人が巻き込まれた事件ですが、おかしなことに新聞では報道されていませんでした。1990年代ではインターネットもそれほど発展していなくて、手がかりがつかめません。そこで、呉誠は、ちょっと前に流行った「六次の隔たり」理論にのっとって、知り合いの知り合いの、知り合いをツテをたどりながら、調査を進めていきます。
このツテをたどっていく過程が、まさに「ザ・台湾」。三重の警察が頼りにならないことがわかると、呉誠は「三重の歴史と文化」に関するガイド講座に申込み、やたらと地元に詳しい許さんと仲良くなります。そこから、三重警察の元巡査部長や元刑事の阿吉とも知り合い、芋づる式にツテをたどっていきます。みんなそれぞれ、一癖も二癖もある人ばかり。
やがて、事件は互助会(台湾式の頼母子講)をめぐる金銭トラブルが発端だったらしいことがわかるのですが、よくよく当事者や阿吉の話を聞くうち、呉誠は冤罪事件を疑い始めます。殺人犯と疑われた青年は自殺したことになっていましたが、実は殺害されていました。彼の家族たちはこの話を聞いて、呉誠に全面協力どころか、彼を出し抜くほどの行動力を発揮。これも「ザ・台湾」です(←偏見)
何琳安と、幼なじみの青年の微笑ましい再会や、エマのバイク事故を隠蔽しようとする警察のせこさ。そして、冤罪事件の謎は、やがて土地をめぐる大きな事件へとつながっていきます。この、事件の絡み合いと台湾らしい欠点だらけな人たちが、DV8に集まって自分勝手に動きまわり、最終的にうまい具合にまとまっていく感じ、最高です。ちょっと、映画『海角七号』を思い出しました。
主人公の呉誠は、若くもなければ有能でも天才でもないけれど、ダメなりに人を見る目だけはあって、事件解決のために知り合いの知り合いを訪ねてまわり、周囲の人たちとも協力できるようになったりして、前作よりもだいぶ精神的に安定してきた模様。都会の台北よりも、淡水のローカルコミュニティの水にあったってことなんでしょうか?
エマとDV8の常連さんたちがおりなす人間模様も魅力的だし、淡水の警察のだめっぷりも台湾らしいし(偏見)、相変わらず紀蔚然さんのハードボイルド調な文章が饒舌だし、カッコいいわけじゃないけど、愛おしさ満載。翻訳者さまにも感謝です。2段組400ページ近いのに、一気読み。本書のどのページをめくっても、何度読んでも楽しめます。おすすめ。