あえて何もない部屋に「神棚」を飾りたい
信心深くも何もありませんけど、典型的な日本人で、こと神様に関しては「何でもあり」を許容しています。
まあ、欧米だと某教一色ですけど、それを見ると「あぁ、なんだかんだ言っても、心の中は日本なんだなぁ」って感じです。
神社もない。お寺もない。
そりゃそうなんですが、ここまでずーっと離れていると、何だか神通力がもらえないような気がしてくるんですよね。(あるのかどうか、わかりませんが、あると信じるといいことあるんでは、ということです)
モノをひたすら減らし、必要のないものは持たないスタンスです。もちろん、そういうモノに対しても不要だと思えば持たないし、神棚なんて買ったこともない。
それは一国一城、持っていないからかもしれません。
でもですね。
日常の生活では、合理的に必要ないものかもしれない、その代表格とも言えるアイテム「神棚」を、今後導入してみようかと思っています。
願いが叶うかどうかは別として、何かそういうモノを家に設置して、「形のないモノ」に手を合わせる。それもまた必要なんじゃないかなって、思うんですよね。
心を平静に保つことが、家の中も静謐に保てる
そんな気がするんですよね。また「神棚」を設置することで、ルーティンが発生する。一流のアスリートは、自分の「ルーティーン」を大事にするというの、聞いたことありますよね。
それが集中力を高めて、次の行動で最高のパフォーマンスを生む。
まぁ、プロだからすごい結果になるのかもしれませんが、わたしたち凡人であっても、普段より少しだけ良い結果を残せるなら、あやかってもいいのかなって思いますよね。
がらんどうの中に一つ、神棚だけが、ある。
なんか本当に神様が降臨しそうな、そんな雰囲気を自分の部屋の中に作れたら、ちょっといいかなぁ、って思ったんですよね。
何もない部屋で、柏手を打つと反響が大きいじゃないですか。モノで溢れていると、音は響きません。神棚を設置して、静寂に包まれた中で、柏手をうち、その余韻に浸る。
この記事でも書いてますが、モノが少ない部屋だと、音がよく響くんですよね。逆にモノが多いと「音」は吸収されるみたいです。
神様はもしかしたら騒がしいところには降りてこないかもしれません。そういえば、モノが多かった頃は、あまり運がいいとはいえなかったなぁ・・。
まぁ、近所に神社があれば、時々お参りするというのもありだと思うんですけど。ケースバイケース
今は手に入れられる環境にないので、もし日本に帰った時には、神棚の設置、してみたいなぁって思います。
それでは、また。