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春ピリカグランプリ入賞作品

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2023年・春ピリカグランプリ入賞作品マガジンです。
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#小説

掌篇小説『夜の指』

仮名や英字、奇妙な図形や流線が節操ない色で光り踊る、夜。 郁にすれば、異星の街。 その店の硝子扉をひらく。 幾何学模様のモザイク壁、艶めく橙の革椅子……最奥には、ピアノ。 客はスーツの膨らんだ男ばかり。煙草と酒に澱む彼等には、乳白の地にあわく杜若の咲く袷を着た清らな訪問者は、それこそ異星人に映ったろう。 店にもう独り、又別の星からの女。 ピアノに撓だれる歌。数多のカラーピンで纏められた要塞の如き黒髪、ゴールドのコンタクトの眼、裸より淫靡なスパンコールドレス…… ……そし

こゆびくんと赤い糸

こゆびくんのご主人は、 とっても怖いおじさんでした。 ある日おじさんは仕事を失敗して、 おやぶんにこゆびを切られました。 ドンッ コロコロコロコロ こゆびはコロコロころがって、 手足が生えて、 こゆびくんになりました。 おじさんはこゆびくんをおいかけたけど、 こゆびくんは怖くてにげました。 たどりついたのは、おじさんがうまれたおうち。 でも、もうそこはあきちでした。 こゆびくんは泣きました。 うまれたおうちは、もうありません。 こゆびくんはおじさんと ずっといっ

【掌編】ダストテイル、朧げ。

妹の指は丸い。 赤ん坊のように膨らみがあり、ぶよぶよしている。脂肪ではない。動かすことがないので、浮腫んでいるのだ。 不自由なのは右手だけで、健常である左の指はそうではない。五歳の子に相応しい長さと器用さを備え、そちらであればピアノを弾くのに支障はない。 「お兄ちゃんとレンダンしたい」 何がきっかけか、急に妹はそう主張を始めた。僕と同じ教室を選び、同じ先生に師事。当然ながら演奏できるのは左手のみで、通常僕らが右でなぞる主旋律を、妹はそちらで辿々しく鳴らす。 次の発表

断たれた指の記憶 《#春ピリカグランプリ個人賞受賞作》

「じいさん、天国でゆっくり休んでな」 祖母は優しく声をかけ、そっと棺から離れた。 火葬場の係員が点火ボタンを押す指先を、私は直視できなかった。 親が離婚してから、私はよく祖父母の家に預けられた。ピーマンも食べろなんて言われないし、玩具を片付けなくても叱られない。 だけど心地よい記憶の中に、僅かに抜け落ちたパズルのピースがあるような気がして、時折指先がむず痒くなる。 祖母が居ない日曜。 祖父と二人きりの曇天。 かくれんぼしようと言い出したのはどっちだったか。 農具置き場の蔵

モギー虎司と大きな鳥 #春ピリカ応募

 優太は休日、依頼されれば無償で老人ホームなどの施設を訪問している。今日はいつもと違い、母親に頼まれて父親の道具が入った重たい鞄を担いでいるというのに、駅前を見渡すと、鳥の形をした大きなモニュメントがあるきりで、バス停もタクシー乗り場もなく、目的地へは徒歩で行くしかなかった。 「ますます親父が嫌いになるよ」  優太の父親はモギー虎司という手品師だった。  山高帽に燕尾服がトレードマークで人気があった。演芸場の楽屋で出番を控えた落語家に「お前の父ちゃんの芸はいつ見てもおもしれ

アルファ博士のピアノロボット

「ロボットの理想形はヒューマノイド……人の姿のロボットなのです」  天才科学者とうたわれたアルファ博士は、彼のオフィスで雑誌のインタビューにそう答えた。  人間は手足を器用に用い発展してきた。  その営みを模倣してこそ人類に貢献できるロボットが生み出せる、と。 「それに人と似ている方が親しみを持てます。ヒューマノイドはみなさんの良き隣人となりますよ」  その記事は天才の彼が人型ロボットの開発に注力することを世に宣伝するためのものだった。誌面には大企業と共同で開発中の人

🎖️ ピリカグランプリ すまスパ賞|ショートショート|誰モガ・フィンガー・オン・ユア・トリガー

「私がピストルの引金を引くのは上司に頼まれたからなの。決して私自身が好き好んでではなく……」と彼女は呟き、静かに水を飲んだ。 「それが役割ですから」と僕は返したが、自分でも気の利かない発言だなと思いゲンナリした。それで慌てて付け加えた。「あなたのおかげで、静止した世界が動き出すんです。その先には喜びも悲しみもあるけれど、それはあなたのせいじゃない。まずは誇りを持たないと」  彼女と僕は仕事仲間だ。だから彼女の苦悩も分かるつもり。上からの指示をこなす日々に嫌気がさすこともある

指紋(ショート)

 数十年ぶりに刑務所から出ると世の中は様変わりしていた。  車が空を飛んでいたり、アンドロイドが普通に歩いていたりして唖然とする。 「おつとめご苦労さん。」  門の前で古い友人が待っていた。 「とんでもねえ世の中だな。」 「こんなん序の口よ。まずは飯でも食おう。」  無人運転のバスに乗り込む直前、友人が青白く光る小さなモニターに手のひらをかざすと「ピポン」と軽快な音がした。新時代のマナーか何かかと思ってまねすると、けたたましくブザーが鳴った。 「何なんだこれは。」 「そうか。