モギー虎司と大きな鳥 #春ピリカ応募
優太は休日、依頼されれば無償で老人ホームなどの施設を訪問している。今日はいつもと違い、母親に頼まれて父親の道具が入った重たい鞄を担いでいるというのに、駅前を見渡すと、鳥の形をした大きなモニュメントがあるきりで、バス停もタクシー乗り場もなく、目的地へは徒歩で行くしかなかった。
「ますます親父が嫌いになるよ」
優太の父親はモギー虎司という手品師だった。
山高帽に燕尾服がトレードマークで人気があった。演芸場の楽屋で出番を控えた落語家に「お前の父ちゃんの芸はいつ見てもおもしれぇ」と言われるたびに幼い優太は誇らしかった。
しかしその尊敬はすぐに憎悪に変わる。
モギー虎司は愛人を作り、音信不通になった。
父親不在の思春期を過ごした優太は、就職が決まった時、女手一つで育ててくれた母に感謝の気持ちを伝えた。すると「虎司から毎月しっかり養育費を取り立ててたのよ」と母が朗らかに言った。その嘘に優太は泣いた。
父親を反面教師にした優太は、酒も女遊びも博打もやらずに真面目に働いた。結婚して子供も授かり、十分幸せに暮らしていた。
ところがある時、半ば強制的に忘年会の余興で手品をやらされる羽目になったのを境に、まるで小さな亀裂が広がってダムが決壊するように、優太は手品に夢中になった。母親には後ろめたい気持ちがあったが衝動を抑えられず、奉仕活動を促進するサイトに登録して人前で手品をするようになっていった。
そして今日。
優太は珍しく手元を狂わせてサムチップを落としてしまった。それは親指を模造した指サックみたいな小道具で、何も無いところからスカーフを出したり逆に消したりする手品のタネだ。
「ど素人が」
無精髭の男が毒づきながら舞台に上がり、下手に置いた父親の荷物に手をかけた。何が起こるのかと緊張が走る。山高帽と燕尾服を身に着けた男は、優太の足元に落ちているサムチップを素早く拾い、華麗な手裁きでスカーフを出したり消したりした。さらに絶妙な間で幾つかの手品を繰り広げた。圧巻のマジックショーだった。
それは間違いなく優太がかつて見た父の芸だった。
優太は突然現れた大きな鳥にでも攫われたみたいに所在を失い、いつの間にか舞台袖から父の姿を見ていた子供に戻っていた。
しかし、久しぶりの父子の再会を待たずに、大きな鳥は今度は父親をどこかに運び去ってしまった。
優太は喝采を浴びる父に声をかけようとしてやめた。もうそこには父がいなかったからだ。目の前にいたのは父の抜け殻でもない、ただの施設の利用者だった。
二日後、モギー虎司は独りで逝った。
あの日、母は全て知っていて優太に頼み事をしたはずだ。
なぜ今更。
優太は母親に真意を確かめなかった。きっと割り切れない感情は人生におけるタネみたいなものだ。とにかくモギー虎司は最期に息子の前で一世一代の手品をやってみせた。
了(1195字)
🐈 🐈 🐈
毎回個人的にタイミングが合わず、
確か初回以降は参加出来ていませんでしたが、
今回は何とか参加出来ました。
ピリカさん、運営の皆さん、
そしてデザインや審査員の皆さんに感謝!
どうも書くことでバランスを保っているようです。
僕の創作の一番の後援者でいてくれた母へ。
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