この村で何度「今どんな気持ち?」と夫と子どもに聞いただろう(家族移住体験:奈良県下北山村#4)
朝食は、昨夜職員さんに頂いたおすそ分けのほうれん草のソテーと残っていたしらすと納豆、そしてお味噌汁。
子どもたちもほうれん草をおかわりするほど気に入って、珍しくスムーズに朝食を終える。
朝食後は池神社の明神池に散歩に行くことに。
明神池で森林浴
村の人から明神池の周りでの森林浴がおすすめだと聞いてからこの日をとても楽しみにしていたのだ。
サッカーボールのような形の杉の実やクロモジの匂いを嗅いでみたり、伸びをしたり深呼吸したりしながらゆっくり歩く。
ホトトギスも鳴いていて、うわぁと感動していると、子どもたちも「よくお店のトイレから聞こえてくるあの声だね。きもちいいねぇ」などと言っている。多分それで合っているのだけど、ちょっとなんか、世界観を壊すのはよして欲しい。
歩いていると「コツコツコツコツ」と音がする。見上げたら、キツツキが木をつついているのが見えた。
木をつついているキツツキなんて、絵本の中以外で見たことがない。すごいな。
驚いたのが、杉の中を歩いているのに重めの花粉症である夫も私も全く症状が出ないこと。
後で村の人に聞くと「都市部から来た人はみんなそう言うんだよ。不思議だよね。」と言う。
ゆっくり1時間ほどかけて池の周りを一周したら、池神社を参拝して一度家に戻り私は仕事を。
息をのむ前鬼ブルーの川とクリームチーズ問答
仕事がひと段落したら、今回の滞在で大きな楽しみの一つだった前鬼ブルーの川を見に七重の滝へ向かう。
標高差約100mの想像以上に急な階段を降りていき、少し心が折れそうになったあたりでブルーの川が見えてきた。
目が覚めるような神秘的な青色の川に心も体力も復活する。
急な階段を降り、木の道を抜け(もののけ姫の世界観!)、
大きな岩の数々を超えた先に辿り着いたのは
息をのむような前鬼ブルーの川だった。
鳥の鳴く声、川の音、目の前の前鬼ブルーの中で泳ぐ魚の姿に、心に鳥肌が立つような感覚を覚える。
いつの間にか夫は靴下を脱ぎ、川の水を飲み、顔を洗っていた。
(お父さんの顔を洗ったら川の水汚れちゃわないかな、と娘が心配し、そんなジョーク言うようになったんか!と夫は笑っているけれど、私はこれが娘のジョークじゃないことを知っている。)
私と子どもも足をひたす。10秒もつけていられないほど冷たい。
水がきれいすぎて、足をつけることもちょっと躊躇するほどだ。
それでもパシャパシャと遊びながら疲れを癒やしたあとは、
持ってきた食パンと下北山村産のジャバラジャムでお昼ご飯にすることに。
「ジャバラ」は柑橘類の一種で、「柚子」や「かぼす」などの仲間だそう。「邪(気)を払う」の意味から、ジャバラとなったそうな。
ジャバラジャムはクリームチーズとも合いそうだな、と思ったけれど、この村には「そうだ、クリームチーズを買いに行こう」と思ってすぐ行ける距離にスーパーはない。クリームチーズのみを買いに行くということもない。
「これはこのままが美味しいよ」という夫の一言に、確かに色々付け足さずこのまま食べるのが一番おいしいかもと思ったり、そこになんか下北山村っぽさを勝手に感じたり。
(そもそも千葉でもクリームチーズを買うことはほとんどないくせに、おしゃれぶってクリームチーズなんて言ってみたことを反省したい。)
前鬼ブルーを堪能した後は、子どもたちの体力が残っているうちにまたあの道を引き返す。
きっと途中でダウンするんだろうと思っていたけれど、エネルギーをチャージしたかのように帰り道もパワフルに歩ききったこどもたち。
視界が揺らぎそうなほどゼェハァしていたのは私の方で、自身の燃費の悪さに驚きを隠せない。
おすそ分けのアマゴを塩焼きで
家に帰り、子どもたちがお昼寝をしている間に私は仕事を進め、夫はこれまたおすそ分けしてもらったアマゴを塩焼きにする。
夜ごはんはアマゴの塩焼きと、同じくおすそ分けしてもらったアマゴの甘露煮、そして春まな(これも下北山村の特産品)の漬物をいただく。
本当に美味しい。お酒もすすむ。そろそろインドア派を返上して自分で釣ってみたいと思うほど美味しかった!!子どもたちは特に甘露煮のとりこだった。
寝たら帰る日が近づいてしまう
お風呂に入って上がったら、足がカクカクしている。
眠い。でも寝たら帰る日が近づくから寝たくない。
千葉の生活も好きだ。でもここから離れがたい。
これが二拠点生活をする人の気持ちか。
寝ると帰る日が近づくから寝たくないなんて、そんな子どもみたいなことを思いながら、昔祖母の家ですごした長期休みを思い出す。
子どもにとってこういう生活を体験できるのはいいね、と言ってもらえることも多いが、
子どもに色んなことを体験させたいというのは建前で、こんな体験をしたいのは自分だ。子どもが楽しんでくれている限りは私自身がこういう体験を何度も何度もしたいのだ。
「今どんな気持ち?」と夫と子どもに確認してしまうのは、私と同じ気持ちか知りたくて。
違くて全然いいけれど、あわよくば、娘も息子も心に鳥肌が立つようなこの感覚を同じ瞬間に一瞬でも感じてくれていたら奇跡的だし幸せだ。
つづく