シェア
若草
2020年5月25日 18:34
夜と朝が挨拶を交わす。特別だと思っていた金色の世界。だけど、お日さまはどんどんと登り、景色はあっという間に見慣れた色へと移ろいゆく。「帰ろうか」サクラが、自分に言い聞かせるようにつぶやく。人間と猫による愛の逃避行は、あっという間だった。金色の世界に包まれているときから、きっとサクラはそう言い出すだろうと、名残惜しい気持ちもあるが、何処かではわかっていた。仕事へと向かう人の波に逆らっ
2020年5月24日 23:06
ガタン、ゴトン。生まれて初めて乗った電車は、人間に抱きしめてもらった時の、鼓動のリズムと何処か似ている気がした。全ての生き物は、生まれた時から死ぬまでに胸打つ鼓動の数が同じだと聞いたことがある。ただ、音の速さが違うのだ。ネズミは早いから寿命も早く訪れるし、カメはとてもゆっくりだそうだ(ご主人様が言っていたことだから、本当かは微妙だ)。吾輩は猫であるが、人間の心臓の音は、猫より少しゆっく
2020年4月30日 22:59
吾輩は猫である。名前は朔(さく)。ご主人様が行方不明の今は、サクラというニンゲンにクロと呼ばれている。「クロ、ごはんだよ!」朝、サクラの凛とした声が響く。ご主人様は朝、ぼんやりとしていたことが多かったけれど、サクラはとても元気だ。美味しそうなスープとパンの焼ける匂いがする。吾輩はカリカリで充分だが、パンにジャムを塗るサクラは幸せそうだ。“お前は可愛いから、いつか飼ってくれるヤツが
2020年4月29日 19:54
吾輩は猫である。名前は朔(さく)。ご主人様を見失った矢先、ニンゲン・サクラと再会した。そして、サクラの部屋にいる。「ほら、クロ。まずは足を綺麗にしようね」さっき「朔」って呼ばれた気がした。だけど、サクラは相変わらず「クロ」と呼んでいる。あれは空耳だったのだろうか。吾輩がそう呼んでほしくて、聴こえてしまったのだろうか。サクラの部屋は、花の良い匂いがした。ご主人様と部屋のサイズは
2020年4月28日 21:11
吾輩は猫である。名前は朔(さく)、のはずだった。ご主人様がくれたと思っていた名前も、呼んでくれる者がいなければ、何の価値もない。この家は本当にご主人様と吾輩の家だったのだろうか。 もうあきらめよう。いくら待っても、ご主人様とは会えないのだ。ご主人様に捨てられたなんて認めない。ご主人様と吾輩は、この家に見捨てられたのだ。そして、知らないオジサンの家になった。だから、ご主人様はこ
2020年4月26日 15:04
「人間とネコではね。生きるスピードが違うんだ」また始まった。ご主人様の独り言タイム。可哀想なので、吾輩が話し相手になってあげることにした。「猫は、人間なんかよりずっと賢くて良いヤツだ」そんなの、当たり前だろう。吾輩は胡乱な目で、酒の匂いがする缶を持つご主人様を見つめる。「だから、神様は人間よりも先に猫を連れて行ってしまう。神様は良い子が好きだからね」カミサマの話、好きだな。また言
2020年4月25日 17:05
吾輩は猫である。名前は朔(さく)。ニンゲン・サクラにもう一度会うために、グルグルと歩いて、ご主人様の家に帰ってきた。ずっと、ずっと帰りたかった家だった。なのに、腑に落ちないのはどうしてだろう。サクラと出会ったことに、何か関係があるのだろうか。とりあえず、落ち着こう。家には帰って来れたのだ。まずはご主人様の顔を見て、カリカリを食べて、それからまたサクラを捜すのでも遅くない。吾輩は平静を保
2020年4月22日 20:19
吾輩は猫である。名前は朔(さく)。好き勝手にクロと呼ぶニンゲン・サクラをこの小川で待っている。ご主人様の家への帰り道は、未だ思い出せない。ある日、サクラはいつもよりたくさんのカリカリを袋ごと渡してきた。何事かと、吾輩は訝しそうな目つきでサクラを見る。「しばらく、病院へ行くのはお休みするね」ビョウインって、あれだろう。知らないニンゲンに尖った針で、刺されるところだろう。ご主人様もよく
2020年4月21日 21:12
吾輩は猫である。名前は朔(さく)。それなのに最近、サクラというニンゲンに「クロ」という不本意な名前を付けられた。吾輩、未だ納得していない。しかし、このニンゲン、知恵をつけて誘惑してくるようになった。「ほら、クロ。ごはんだよ」カリカリだ。ご主人様がよくくれた味。ネコはネズミを食べるなんて聞くが、吾輩は生まれたときから家ネコだ。動物を狩る勇気は持ち合わせていない。ネコジャラシには目がな
2020年4月21日 08:56
吾輩は猫である。名前は朔(サク)。先日、小川のほとりで、サクラに出会った。桃色の雪の正体を教えてくれたニンゲンだ。桜と同じ色を着ていたから、彼女をサクラと命名した。吾輩、ニンゲンに名を与えるとは、偉い猫である。桜が舞う季節は終わってしまったようだが、彼女は相変わらず、桜と同じ色を着ていた。「こんにちは、クロ」サクラは吾輩をクロと呼ぶようになった。吾輩、誠に遺憾である。ご主人様がくれた