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『現代地名詩集』
ゴールデンウィークの青空を飛ぶ
オレンジ色のハンググライダー
少しひんやりする風が気持ちいい
漁船の繋がれた岸壁から
波に揺れる海藻が透けて見える
瀬戸内海を望む港湾緑地は
大型連休の行楽客でいっぱいだ
流行り病の行動制限は無くなったし
みなさんもういろんな所へ行ってみた?
私は観光に来たわけじゃないんです
住んでる所がこの近くだから
おや あんな所にレジャーシートを広げて
お弁当を食べてる家族連れがいる
衆人環視のど真ん中 車道のすぐ傍なのに
他にいい場所が無かったんだね
若いカップルが話し掛けてきた
あの島ヘ行く渡し船?
このあいだ映画のロケがあった所ですね
あそこにフェリーの桟橋がありますよ
人が沢山並んでいるでしょう?
風が海のあちこちでさざ波を立てている
霞の掛かった島々の間には橋が架かっている
こちら側には文学者ゆかりの古い町並みと
天辺に小さなお城がある新緑の丘
サイクリング青年がパンクを修理している
私も昔 あんな自転車を持っていたな
あの橋を渡って島を一周するの?
今日みたいな日は気持ちいいだろうなあ
ビールでだいぶ出来上がった親父さんが
ラーメンの順番待ちが三十分と聞いて迷っている
傍らで奥さんが仏頂面して何か言ってますね
仕方がないね 今日は人が多過ぎるから
ねえ みなさん楽しい?
子供の頃 私も姉と一緒に
父と母が観光地に連れて行ってくれた
楽しかったんだろうな
だけど どういうわけか
皆でご飯を食べたり話したりしている時
ふと もの哀しい気分になることがあった
あれは一体どういうわけなのかな
と言いつつ今日は私も
みなさんの賑やかな声に誘われて
こうしてのこのこ出て来たわけなんだが
やっぱり子ども達は楽しそうだ
転んでも嬉しそうに走り回っている男の子
女の子は風船と綿菓子を買ってもらって
よかったねえ
私はさっき 薄暗い古本屋で
本を一冊買って来た
『現代地名詩集』 八百円だった
目次には知らない詩人の名前が百人以上並んでいる
知っている詩人の名前も少しある
作品は「鳥羽」と「北京発包頭経由蘭州行き」
「神楽坂」と それから「黄河」か
でも他は知らない名前
ねえ そんな狭苦しい店の中で
みなさんひしめき合って
ラーメン食べて美味しい?
その名物という触れ込みの
ラーメン美味しい?
正直言って評判ほどじゃないと思うぞ
と言いつつ今日は私も
急ごしらえの屋外のテーブルで
こうして名物のラーメンを食ってるわけなんだが
ここの地名がタイトルに入った詩は無いかな
何処かで誰かが書いているだろう
この詩集には無いようだ
*『現代地名詩集』(村田正夫編)潮流出版社(1988.8.15)
*ネット詩誌「MY DEAR」第313号 投稿佳作
<今月の詩>コーナーに加えていただきました。
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