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竹藪


夜明け前の坂道を登って行く
白くぼんやりとした後ろ姿
幼い私の行く手には
鬱蒼と生い茂った竹藪がある
 
洞窟の黒い口に誘われるように
私は竹藪の中の道に入って行く
竹は両側から頭上を塞ぎ
笹の葉が微かな風に揺れている
 
  さや  さや  さや
 さや  さや  さや
  さや  さや  さや
笹の葉の音が頭上を舞っている
暗がりの中を歩いて行く
 
と思ったら
私はいつの間にか
鉄橋の上を歩いていた
 
乗り物の絵本で見た鉄橋が
竹藪の道の進行方向に重なり
トラス構造の橋桁が左右に続いて
茶色い鉄骨の間のあちこちから
笹の葉の尖った先端が覗いている
 
  さや  さや  さや
 さや  さや  さや
  さや  さや  さや
歩き続けているうちに
辺りがだんだん明るくなってきた
 
私は朝の目覚めを迎えた
尿で湿った布団の匂い
覚えている生まれて最初の記憶は
洞窟のような竹藪と鉄橋の夢と
私の夜尿を嘆く母の声だった
 
やがて私は小学生になり
学校の教室や家に一人でいる時に
夢の続きを想像した
 
竹藪の中の鉄橋の道を歩き続けて
それらを通り抜けると
視界が大きく開けて
頭上に青空が広がっている
向こうに島の山と段々畑が見える
その麓に私の小学校があるのだ
 
大人になってからも
夢の続きを想像することがあった
島の山は見知らぬ街や都市に変わり
真昼の青空を背景に
無数の星々が輝いている
 
そんなヴィジョンを視て以後は
夢の続きを想像することは無くなった
 
しかし あの湿った布団の匂いと
母の声と 幼い罪障感の記憶は
竹藪の暗がりに似た意識野の片隅に
今もひっそりと存在している
 
  さや  さや  さや
 さや  さや  さや
  さや  さや  さや
 
道路の造成工事で
随分小ざっぱりした姿になった
竹藪は今も郷里の島で揺れている


*ネット詩誌「MY DEAR」316号 
<今月の詩>コーナーに加えていただきました。




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