山の獣
海が 海に堆積して
光の泡を分泌しながら
群青は沈下の速度を静かに増すけれど
わたしは
生まれたての青空のように
やわらかだから
海が見える山の斜面の
鈴なりに実った
青い蜜柑の揺れる木陰で
朝の体操に遅刻した鳥の声を聴いた
おとな達の
のんびりと呼び合う声
乾いた藁の匂い
蜜柑畑の片隅に置かれた
編み籠に入れられて
縁に手を掛けて立ったわたしは
きつね色をした獣の親子が
五匹、六匹と
山の麓を一列に走って横切り
藪の中へ消えて行く光景を見た
おとな達に知らせたくても
ことばにならないのが
たまらなくもどかしくて
アー アー アー と
ちっこい手で指差している
生まれて最初の記憶
わたしはそのとき
鳥の虹彩がゆっくりと開き
樹々が騒めくことを知った
緑草はそよぎ
風が透明に発火する
遠い夏の日に