松坂城跡へ
三重県松坂市の松坂城跡へ。
お隣の津市、津市役所のすぐ裏のホテルに泊まり、9時前に松坂城跡に着くように、向かう。
鈴鹿サーキットのお膝元だからか、心なしか、走る車のスピードが他の街と違う気がする。
松坂城跡よこの、市民駐車場(無料)に車を停めて、松坂城跡のある松坂公園にむかう。駐車場はほぼ満車で、お天気がよく、
城跡横のモーモースタジアムでは草野球の試合中。モーモーの「ー」が牛さんで、かわいい。
市役所側の入り口、表門跡からはいる。
街中の城跡だが、一歩入ると、視野にはお城の石垣しか視界に入らない。
とても石垣がたかいのだ。
階段状に折り重なるように見える石垣の間の坂道、ゆっくりと道なりに上がっていこう。
松坂市立歴史民族資料館がある、1人100円くらいで入場できるが、ここでは本居宣長資料館に行く予定なので、スルー。まずは天守台へ
櫓や天守などの、残存している建物は一つもないが、進めば進むほど、視野が広くなり、青空が近くなる。
石垣へ上がり、石垣のへりに沿って歩くことができ、高さにヒヤヒヤしながら、
江戸時代の石積みが残る二ノ丸跡では
石垣の上から、打ちこみハギや算木積みを上から眺められる
大した手すりもなく、石垣を上から眺められる城跡、少ない気がする。ここ公園でもあるのよね、自己責任ですね、気をつけて進もう。
記念撮影をするのにも身がすくむほど、石垣の端っこは、鋭角で高い
公園の南側には本居宣長記念館がある
ここは、本居宣長旧邸も併設されていて、見ごたえがある
本居宣長は、実は松坂城には直接関わりはないが、17歳にして日本地図を独学で仕上げた松坂の天才。すごいのは日本中を測量したので有名な伊能忠敬より前に仕上げていたこと。そして、当時江戸時代当時、解読不能に陥っていた『古事記』の解読に成功し、『古事記伝』という書物を人生を懸けて著した人。
館内は明るく近代的で、展示がとても見やすい
1階で忠長の生涯を紹介する動画を見てから2階へ。2階へ上がる階段の壁に大きな地図が貼られていて、それが17歳の時の日本地図。
2階は広い展示室がひとつ、本居家の江戸時代の家財や宣長さんの書籍、書簡が展示されている
面白いのが、ひとつひとつに現代語訳が丁寧につけられている。
例えば、
京都に行った宣長さんの母からの手紙、
祇園祭に来て、とても美しく楽しんでいる、こられてよかった、ありがとう。
明日帰ろうと思っていたけれど、天気が悪いので雨が止んで落ち着いた1週間後に帰ることにする、
とか、
とある年末のある日の帳簿
お正月の準備に何をいくらで、どれくらい購入したのかわかる
(全て記憶ベースなので、、違ったらごめんなさい)
本当に生活していたんだなと、展示にどんどん惹きつけられてしまう。
記念館の隣には、宣長さんが生活をしていた旧家(通称鈴家、鈴が好きで鈴をたくさん持っていたから鈴家)も見学できる。
江戸時代や戦国時代、大正明治でさえ、展覧会や城跡や博物館で実感を持って見たことがなくて、どこかフィクションの世界を覗いているような感じ。時代劇や大河ドラマの聖地巡礼している感じ。
でも今回宣長さんの家族の展示を見て、
あぁ全部本当ことだったのかと思えたのです
石垣が素晴らしい城跡と、本居宣長記念館、楽しかった。
松坂といえば、松坂牛も。
すき焼きならば、和田金をかんがえていたのですが、
お肉自体を味わいたくなり、焼肉に変更。
松坂牛焼肉 一升びんへ。松坂牛をリーズナブルに味わえるとの口コミを見ていきました、満足。