見出し画像

朝のショートストーリー『マーマレード』

佐藤琴子(32)・埼玉出身・都内外資系企業勤務

マーマレードが好き。

もはや好きすぎて、いつから好きなのかもどうして好きなのかもうまく説明できない。

でも、マーマレードは私の人生の相棒。なくてはならないもの。

毎朝、トーストしていない白い食パンにマーマレードを垂らす瞬間が至福の時。朝日に煌めくマーマレードはまるで宝石のよう。

でも今日は、大切なプレゼンがあるというのに寝坊してしまった。もう朝ごはんを食べている時間はない。

私としたことが―なんて考えてもどうしようもないことが頭を駆け巡り、自己嫌悪に陥る。

勝負の前には必ずマーマレードを食べて、乗り越えてきたのに。

マーマレードは私のお守りなのに。

大急ぎでメイクし、ポニーテールし、資料をバッグに入れると私は家を飛び出した。

全力で駅まで走ると、電車の到着よりも少し早かった。

これなら、近くのコンビニに寄れる。

私はコンビニに駆け込み、マーマレードののったパンがないか必死に探した。

いちごジャムやりんごジャムがのったパンはある。けれど、マーマレードがのったパンはない。

あきらめて電車に乗り、駅から会社へと向かう。

その道中、ふと少し遠回りした先にこじんまりとしたパン屋があることを思い出した。あの店なら、もしかすると。

腕時計をちらりと見る。朝ごはんを食べなかったおかげで少し余裕ができた。

よし。

踵を返すと、急いでパン屋へと向かう。しかし、パン屋はまだ開店していなかった。よく考えれば当たり前だ。もう、私としたことが―。

そう思って、パン屋に背を向け歩き出そうとすると、上から声が降ってきた。

「あの、何かお求めですか」

見あげると、パン屋の二階から同い年くらいの女性が顔をのぞかせている。

パン屋の工房か、いや、もしかするとパン屋さんの自宅なのかもしれない。

「あ…ちょっとマーマレードののったパンを探していまして…」

「マーマレードですか」

「はい…マーマレードは私のお守りのようなもので…毎朝食べているんですけど今日は大事な日なのに食べられなくて…あ、すみません、何言ってるんだって感じですよね」

「いえいえ、そうだったんですね。マーマレードおいしいですものね。

ええと、売り物ではないのですが、ちょうど今食卓にマーマレードがあるので、ジャムサンドを作りましょうか」

「え…そんな」

「いいんですよ、お店まで来てくださったんですから。少しお待ちくださいね。すぐお持ちします」

そういうと、女性は奥へ引っ込み、そして3分くらい経ったのち、外の階段をパタパタと降りてきた。

その手には、ラップに包まれた手作り感あふれるマーマレードジャムサンド。

「お待たせしました。こんなもので良ければ、さあどうぞ」

「本当にいただいてしまっていいんですか…嬉しいです。ありがとうございます」

「こちらこそお役に立てて嬉しいです。もうマーマレードがあるから大丈夫ですよ。お仕事行ってらっしゃいませ」

パンとパンの間からあふれ出たマーマレードと女性の笑顔が朝日に煌めく。

朝が、始まった。

<おわり>














今ならあなたがよもやまサポーター第1号です!このご恩は忘れません…!